ボディメイク概論

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今日は体を鍛える意味について考えて参りたいと思います。

昨今は空前のフィットネスブームといえるよね。まーこれもグロバリーゼーションの影響といえますが、筋肉ダルマが男らしくてカッコ良いという価値観自体は80年代からけっこう盛んだったと思います。スタローンやシュワルツェネッガーの影響は大きいと思う。日本では古来から力士の影響が強いと思います。昔の力士はデブというより引き締まった偉丈夫が多かったようなので。

そんな中、きっかけはよく知らないが、SNSの普及が関与してると思う。効率的な減量方法が広まるにつれ、これまで走るなんて習慣は狂人の道楽に近い位置付けだったのだが、決定的なことが起こる。

ライザップだ。この新興企業がCMを通して強烈なPR活動を展開。醜いデブがほんの僅かなトレーニング期間を経て爽やかな痩せマッチョに変身する姿は、かなりの馬鹿馬鹿しさと胡散臭さとギャグっぽさを孕んではいたが、普通にヒットした。

とはいえ、現実にライザップの会員になれる者はほんの僅かで、ほとんどの庶民はその高額な月会費を払うことはできなかったので、ライザップが一体どんなことをしてるのかって「秘密」は主にSNSにて共有され、拡散された。

それは思いもかけないことで、なんと日本人の主食として、絶対に食べなければならないものとして長らく君臨していた白米を削ることが第一条件であった。「はだしのゲン」でさえ、何も食えなくても何のかんのと米は食っていたような気がする。日本人にとって米を食わない食事はあり得なかった。こういう場合、コロンブスの卵とでもいえばいいのか?なんか違う気がするがまさに盲点だったわけである。

ほどなくして米、麺、パン、デザート、お菓子の類が大量に含む栄養物質「糖質」という言葉に注目が集まる。なぜ俺はこの「糖質」なる言葉が流行語大賞に選ばれなかったのか今でも不思議だ。まともな知能を持った現代人にとって、スーパーやコンビニで食品を手に取った際に「糖質量が何グラムか」を把握してから買い物するのは当然のライフワークとなった。何も気にせずに買い物するのは狂気の沙汰となったのだ。「糖質」なる言葉が現世に登場するまで、誰もそんなものは気にしていなかった。それまでは誰もがカロリー表記を見ていたのだ。

なぜ「糖質」がそんなにいけないのだろうか。「糖質」はそんなに悪い奴なんか?と半泣きで訴えたい気持ちはわかる。「糖質」は当然悪者ではない。「糖質」は人体にエネルギーを供給し、生きていくための活力を得るために必須の栄養物質である。体を動かし、脳を回転させ、心に安定を、魂に平穏もたらす。夢の物質である。「糖質」が安定的に供給されないばっかりに、ウクライナ大飢饉では2年余りで少なくとも500万~1000万人以上が人肉食に追いやられ、挙句の果てに餓死をした。

支配階級の「党」は、ウクライナを完全に占領し、所有するために徹底した計画を立てて人民から「糖質」をはく奪し、文字通りに家に踏み込んで強奪し、集団農場で働けるだけ働かせて「糖質」を与えず、軍隊と秘密警察で取り囲み「糖質」を供給させないようにし、包囲網を抜けようとする農民を機関銃で射殺した。たったこれだけのことで、アウシュビッツが完成する10年も前に、アウシュビッツで死んだ者の10倍近くの人々を殺した。恐るべきは共産主義者。支配の原則は、食料供給を外部からコントロールすること」。ヒトラーは英海軍の海上封鎖と共産主義者の集団農場から、それを学んだのだ。(そして独ソ戦では同じようにナチス親衛隊が占領地で集団農場を使おうとしたが、OGPUほどうまくそれができずに失敗。戦争に敗北することになる)

敢えていえば「糖質」は命そのものである。ひいき目に言っても「生命線」であろう。命を持続させるのに必要である。それがいかに大切で欠くべからざるものなのか、我々の遺伝子は熟知している。途方もなく長く続いた苦い飢餓の記憶は、「糖質」を無駄に捨て去ることを拒絶し、我々に命令してくる。「食べ物はもったいないから捨ててはいけない」「余ると良くないから全部食べちゃいなさい」・・・なんてのは序の口。一度食べてしまった「糖質」から供給されるエネルギーを我々の体は無駄にせず蓄えようとするのだ。この体の「主」であるはずの俺の意志に逆らって迄それをやるんだよ!余ったら脂肪に変換して、腹や顎下や全然使われてない手足の一部分に醜くぶら下げようとする訳だ。こんなことを勝手にする。俺がそんな真似するな!と命令したとしてもだ。勝手にやりやがるのだ。「は?何言ってるの。脂肪が無駄になるわけないでしょ。アンタたまたま食べ物が豊富な環境にいるだけなのよ。今だけよそんなの。これはアンタが飢えてどうしようもなくなった時の切り札なの。餓死するのを防いでくれるし、怪我をしたとしても脂肪が筋肉や靭帯や内臓が傷つくのを防いでくれるわ。とても大事なものなの。ほら!これもあれも、全部食べちゃいなさい!」

・・・ってねえ。。その命令は強烈だ。私の考えでは、これより強い命令は存在せず、性欲より強い。排泄をはじめとした生理的な欲求と同等レベルである。何しろ抗うとか、いやそれはダメだとか、主張する権利さえない。勝手に脂肪に変換するんだ。体が脂肪ダルマになって糖尿病になって、もうこれ以上脂肪を蓄えると死ぬぞ!と、そんな風になってしまったとしても、それでも体は「糖質」を脂肪に変換するという仕事をやめることはない。必要最小限の「糖質」さえ摂取できずに惨めに餓死した人々がたくさんいたのだと、遺伝子は数千年に及ぶ旅の中で嫌というほど目にしてきたのである。その苦い記憶は体の中に独自の「統帥権」を持った何者かを作り出し、我々の意志から独立して独自の作戦を遂行し続ける。関東軍みてえに。それを止める術はない。

だが、我々意志の力が唯一この何者かに抗う方法がある。それが「糖質制限ダイエット」である。そもそも口にする食料を選ぶことができるのだ。こんな当たり前のことが、つい最近までできなかったし思いつきもしなかった。食糧が嫌というほど豊富で、食べたいもの食べたくないものを自由に選ぶことができるから為し得るのである。そんなわけで、糖質が比較的に少なめな食品を選んで、それだけを食べることで、我々は必要以上のエネルギーをとらずに膵臓・肝臓を休ませ、体に無駄な脂肪をつけるリスクや糖尿病の恐怖から解放されたのである。

まとめると、「糖質」は生命維持に必須だが、食べ過ぎると健康を害する、というただそれだけの話である(笑)。不思議なものでただこれだけ書いても人は説得力を感じてくれないので、わざわざこじつけた小話を添付している訳なんですけれども(笑)。

以上のように、痩せることは非常に簡単になりました。糖質を食べなければ死にますが、少し食べていれば十分生きていられるし働いて運動してこんなブログ書くぐらいのことはできます。少しでも食べ過ぎると体重が増えてきます。脂肪がついてくる。もちろん筋肉にもなるが、大抵は無駄な脂肪へと変換される。

ダイエットは、カロリー制限でも別に構わないのだが、「糖質」を減らすだけで簡単にできるようになりました。この飽食の時代、白米のどんぶり飯をお代わりした後にシュークリーム食べて、更にバナナまで食うなんてのは現代人のフツーの食事とみなされている。だがこれは明らかに過剰である。少なくとも遺伝子は過剰であると判断し、猛スピードで余分なエネルギーを脂肪に変換し始めます。血中に溢れたブドウ糖は多幸感(=満腹感)をもたらし、ブドウ糖の血中濃度が減ってくると即座に「また食え!また飲め!あの満腹感をもう一度!」と渇望する。(遺伝子はそれまで満腹感という快楽をほとんど知らなかったんじゃなかろうか)

その渇望は強烈で、ほとんどドラッグと呼んで差し支えない。

俺の書いていることが悪趣味なアジや大袈裟な妄想に思えるのならば、シャツをひん剥いて自分の下腹部を見てみると良い。脂肪が醜く垂れ下がっていたらキミの負けだ。俺?俺の体には脂肪はほとんどない(真顔)。おかげで寒がりだしよく風邪をひく(笑)。

さて、ようやくようやくボディメイクの話になります。ようやく本題だ。前置きなげーよ。

最近のフィットネスブームにおいて一つ言いたいのは、目標をしっかり明確にしておくこと、だ。

上の画像を見て、どう思うのか、というところである。貴方が女性ならばどう思うもこう思うもないだろう。この腕と体(…とほぼ間違いなくヘアスタイルはツーブロックの七三分けだ)に性欲を催すのかどうかという話だけなので単純だ。好きか嫌いか決めるだけ。なので上の問いかけは男性に向けたものだと解釈して頂きたい。

この体を目指したいのか、どうなのか?ってところだ。大抵は「いや、ここまでじゃなくても・・・」とピントのずれた回答をするだろう。そういうことじゃないんだよ!(マジギレ)

貴方はこの腕がパワフルで偽りのない力を発揮し、機能的で実用的で、あらゆる場面で役に立つ、素晴らしいものだと信じて疑わないかもしれない(そして何より女性にモテる、と)。

俺はそうは思わない。

”ジムのベンチで、あるいは、特殊なマシンの前で重いウエイトを挙げることにどれほどの意味 があるというのか?自然から授かった自分の体を思う通りに動かせない人たちを“強い”と見なせるだろうか?

平凡なジム・ジャンキーにとって大切なのは外見だ。運動能力ではない。機能する体をつくる ことではなく、人目を引くことだ。そのため、人工的にふくらませた巨大な筋肉を持つ腕や脚 になり、一方で、腱と関節が弱くなる。そんな“筋肉男”に、お尻が床に触れるスタイルのワンレッグ・スクワットをやらせたら、おそらく、膝の靭帯が裂けることになる。ほとんどのボディビルダーが手に入れる“筋力”は、筋肉を協働的に使うものではない。だから、逆立ち歩きを 頼んだら顔から落ちるしかない。強さやパワーを手に入れるために、ジムのメンバーシップや エクササイズ器具にお金をかすめ取られる男たちを見ていると、笑っていいのか泣いていいのかわからなくなる。そのやり口は確かに見事だ。だから、笑うしかないのだろう。フィットネス業界は、マシンを使わなければ強くなれないと世界を洗脳してきた。 

そのやり方では、プロテインシェイクやステロイドを使わない限り、筋肉のサイズを大きくできない。機能的な筋力を手に入れることもできない。”

ーポール・ウエイド

「プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ」より

何度読み返してもしみじみと頷くしかない名文。体は無意味にデカくても何の意味もありません。極端な例を挙げれば、筋肉男が脳梗塞で片麻痺となった時、その無意味さを実感する。ただ重いだけで全く動かぬ体。筋肉はただ大きくしても意味はなく、使うための神経系を育てる仕事が必須である。神経が麻痺した時、無意味な重りとなって痛みを発するようになり、自分自身と周囲を苦しめる。(まーこれは俺の考えなので押し付ける気はないですが)

端的に言うと①単にガリガリになりたいのか②見せかけだけの不自然に大きな筋肉をつけたいのか③機能的な動ける体を作りたいのか。ボディメイクを始める前にまず考えるべきは上の3つの方向性のどこにアプローチするかじゃないかな。

女性は基本的に①を目指してる人が多いイメージですな。それでいて見た目は姿勢の影響が大きいため、姿勢保持に関わるコアマッスルやらインナーマッスルやらに的を絞って鍛えているパターンが多い。ただ痩せるだけでは貧相で不健康です。世の美人たちが食事制限とヨガ・ピラティスを同時にやるのはとても合理的行動なのです。美を求める女性のジハード(鍛錬)は長い歴史があり、実に完成されたものです。俺もいつも参考にしている。

女性は目的を明確にし、アプローチを間違えずに成功している人もいる

対して、男達のボディメイクの歴史は大変浅い。↑で書いたように、せいぜい80年代後半から始まっているからだ。正確に言えば、男達は80年代後半にそれまで蓄積してきたトレーニング理論を文化大革命みてえに焼き捨ててしまったのだ。鉄の鎖を素手でひきちぎる圧倒的パワー、片手指3本でハナクソみてえな粒を摘まんで崖を登る圧倒的な全身の協調能力、片足一本で床から立ち上がる圧倒的瞬発力、雑穀のおにぎり1個で1日18時間走り続ける耐久性・・・このようなものに興味が無くなってしまったのだ。

視覚イメージを優先する生き物となってしまった。なので、現代の男は②を目指している場合が多いです。とはいえ、こうしてはっきり尋ねると答えられない、目標が定まっていない場合があります。あれもこれもと欲張りなのも特徴。適当にやって失敗し、怪我をするパターンが多い。

アスリートは当然③を目指し、結果的に美しい体を手に入れています。

まあ、俺は③を目指すのがいいんじゃないのかなと思うんですよ。↑で書いた例は半分冗談ですけど、動ける機能的な体を作れば、日常生活が楽になりますし、俊敏に力強く動くことができますし、血液検査も大抵パスできますし、腰痛もマシになります。そして、重ねて言いますが動ける体は結果的に美しい見た目になります。プロクライマー、野球選手、サッカー選手、フットサル、ランナー、スイマー、テニスプレイヤー・・・様々なスポーツが世の中にあり、使用する筋肉も求められる能力・動作も違うはずなのに、驚くことに全てに共通して言えることがあります。その動作をある程度習熟すると、見た目が大変に美しくなるということです。不自然に醜く膨らんだ筋肉で、片足スクワットも満足にできない。懸垂10回もやればヨレヨレ。走らせたらデブ同然。そんな筋肉男を目指したってしょうがないじゃないか。見かけ倒しとはこのことである。

どうせ鍛えるなら、見せかけだけではなく、本当に動ける体を作るほうがいいんじゃないのかなと。別に変な考えじゃないでしょ? 押し付ける気はないですけどね。筋肉ダルマが好きという女もいないわけではないですから。(とはいえ、大抵↑の画像ほど鍛える必要はなく、そこそこ筋肉のレリーフ(隆起)がくっきりしていれば女性は勝手に興奮してくれます)

然るに、街の書店やコンビニに行けば、とにかく「腹を割る」ことに焦点を置いた、それ以外には何も考えていない(ように見える)パルプ雑誌や「攻略本」が溢れていまして、特にその手の雑誌は各社が毎週毎月毎季節ごとにほぼ同じ表紙(腹の割れたイケメンが腹筋してる写真)で売り出されている。いかに割れた腹筋の需要が多いのか、ということだ。だらしなく弛んだ腹をコンプレックスに思う様々な階層の人々をターゲットにしているのであろう。

俺もパラパラ見てみるけど、いつも決まってテンプレートの横並びで、決まってバランスの良い食事のイラストと、腹の割れたイケメンがバリエーション豊富に様々な種類の腹筋をしている写真が並んでいるのだ。別にそれが間違っているわけではない。しかし、その手の雑誌が効果をあげていないのは明々白々だ。効果があるなら、たった一冊の優れた本がベストセラーとなって、延々売れ続けていることだろう。内容が間違っているでもないが、その手の本が効果を上げられない、その単純な理由を理解しているかどうかだ。

トレーニングは、あらゆる知的能力を総結集させなければならない。どうすれば効果があげられるのか「目標を立て」、「計画し」、「予測し」、「振り返り」、「メタ認知する(自分自身を客観的に把握する)」能力が必須だからだ。つまり、トレーニングは何が最適か、自分で考えねばならず、メニューや回数、頻度それらも全部自分で実践し、試行錯誤しなくちゃなんない、ということだ。やりすぎれば怪我するし、やらなすぎれば効果をあげられない。なかなか難易度が高く、これを独力で為し得る人間は、経済活動やレジャーにおいても優れた計画力、行動力、洞察力を発揮し、この社会で活き活きと生活している筈である。

コーチ的な人物を雇っても良い、雑誌を参考にしても良い、ただし最終的には自分で何をどうして行くのか、目標を立てて計画し、結果を予測し、実践し、振り返って計画目標を修正し、失敗し、試行錯誤し、自分を甘やかさず客観的に見つめ、目標を達成させなければならない。全て他人任せという訳にはいかず、自分で考えることがどうしても必要だ。トレーニングの内容も、ジムでマシンを使うのが良いのか、何か特定のスポーツに打ち込むのか、単に走り続けるのが良いのか、食事制限をメインに据えて緩めの体幹トレ(ヨガなど)を生活に取り入れるのか、それは自分次第である。腹の割れたイケメンが腹筋してる雑誌を何冊買ったところで無意味であると請け合える。その手の情報はグーグルで十分手に入るし、大抵必要ない。

よく言われることだが、腹筋はもともと割れているので見た目に割りたければ食事制限をして体中から脂肪を追放するだけで良い。腹筋は1回もしなくて大丈夫だ。問題は、ただそれだけのために食事制限を続けるのはしんどい、ということだろう。なので、このような目標は生物として不合理なのだ。自然に反する行為、反自然である。そもそもつまんねえだろう。効果も実感しにくい。割れるったって、どの程度割れればいいんだろうか。見た感じでなんとなく決めるの? それは目標として不明瞭だし、どういう計画経てればいいのか思い浮かばない。それだったら「いま体脂肪率20%だけど、3か月で15%にする」と数値の目標にしたほうがいいだろう。15%になったら、次は12%を、次は10%を目指す。10%になれば例え腹筋1回もしなくても鏡の前に立てば「お、割れてるじゃん」と思うだろう。ということは筋トレで腹筋したってしょうがないってことだ。体脂肪率を減らすのは食事制限と有酸素運動なんだから、米減らして走ることが基本的なメニューになる。走る頻度は週1ではあまりにも少ないので、まずは週3でやってみて、きつければ2回に減らす。高性能なシューズを購入し、足首周囲や足底の筋肉が故障を起こさないよう頻度と距離を調整する。走っていればだんだんと心肺能力が高まってきて長い距離を走れるようになるが、筋肉や腱が未熟ならそれに追いつけるとは限らない。故障すれば全てやり直しになるから、俺だったら足首周囲のメンテナンスに一番注力するな。

色々書いているけど、結局「腹を割る」という目標は「体脂肪率を10%にする」という目標に置き換えたほうが明確だし、そのためには「1食糖質50g未満とし、週2回5キロ走る生活を3か月続ける」という目標に自然と変わっていくだろう。場合によっては「5キロを20分以内で走る」とか、「コースに登り坂を含ませ、休憩しないで往復する」とか、「5キロ走った後に200メートルダッシュを3本やる」とか、そんな感じの目標のほうが合理的だってすぐに気が付くことだろう。こうなってくると、俄然身が入るというか、例えば5キロを走るタイムがどんなにがんばっても30分であったとしたら、目標は25分以内に修正してそれを達成するために努力することになるだろう。達成できなければ死ぬほど悔しく、できれば最高の気分になる、そんな目標が望ましいでしょうな。これはリハビリテーション計画を立てる際の基本なんですが、体の一部分を太くする、とかそんな目標は素人芸なんすよ。そういう目標より期日を決め、「フルスクワットが20回できる」とか、そういう目標のほうが良いわけです。達成できたかできなかったかが明確だからです。

でも筋トレってつまんないでしょ?クソつまんない。ゲーム的要素がないからです。これが水泳だったら、「50mをクロールで40秒以内で泳ぐ」とかできるわけです。「胸板を厚くする」とかは論外なんですが、50mを40秒以内で泳げたら、胸板はかなり厚くなるんじゃないかなあ、、多分だが。そうでなかったら30秒以内を目指したり、腕立てを訓練に取り入れてもいいかもしれない。でも大抵その必要はないと思う。水泳だけを継続してれば胸板は厚くなると思うし腕も太くなるだろう。むしろレストはしっかりとって体のメンテナンスをし、水泳を定期的に行う習慣を継続するほうが大事と思う。

そろそろまとめるとですね、筋肉を大きくする、という目標は下の下なんすよ。美しい体を手に入れたいという目標は持っていてもいいけど、具体的に計画する際には機能的に動けることを目標にしたほうが良いです。プロテインとかタンパク質とか、まあそれもいいと思いますが、プロテインを毎日何グラムとったって、それだけじゃキン肉マンになんかなれないですよね??それにそろそろ気付いてほしいです。体に無駄な脂肪をつけたくないなら、特定の運動を自分で選んでそのパフォーマンスを上げること、食べ過ぎないこと、それらを継続することが基本になります。たったこれだけなんだが随分長く書いたもんだ。。

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