或る一日

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生活保護のADHDの爺さんが、年とってニンチと見分けがつかなくなっちゃって、スケジュール記憶できないの無理もねえけど朝から仕事をすっぽかされた。文句も言わずに、「またお願いします」と置手紙を残して帰った。その後黙々仕事をするが最後に訪問する鬱病の生活保護のオッサンが「気分が悪いから」とキャンセル。彼らの気まぐれで俺は1万ぐらいの金をロストしてしまったわけだが、首尾よく訪問できればおいしい仕事だし、文句付けたってクレームになるだけで無意味なので、心を殺し、笑顔で「またお願いします」。そう言っています。

40歳になったけど、これいつまでやるのかなってほんと思います。

体力的にしんどいし、精神的にもしんどいです。なんかもう気が付いたら15年ぐらい医療・介護・保健分野で働いてきたんだよねえ、、、15年も経ったなんて信じられないですよ。25の頃とそんなに変わってないよな俺は。多分。どうかな。わからん。

まーそんな中、世の中は確実に変わったけどな。一番思うのはやけに息苦しくなったよな、ってことだ。白人が主導する新しい形の民主主義は「正しさ」を強制し、常に検閲し、従わない「変わり者」を袋叩きにするという新しいスタンダードを形成した。俺はこれが白人の伝統的な植民地経営のやり方に似ていると感じる。まず宣教師を送り込んで勝手にルールを作り、次に軍隊を送り込んで宣教師が勝手に作ったルールに従わない者たちをコミュニティごと殲滅するのだ。彼らの本能なのだと思う。

それはもういいが、悲しいのは島国のサルどもまでそれに踊らされて、あろうことか自分たちが先進的で頭が良いと思っている。居酒屋で野球中継観てるようなオッサンを馬鹿にし、専業主婦を馬鹿にし、年功序列を馬鹿にし、社畜を馬鹿にし、家事できないお父さんや夫を馬鹿にし、学校教育を馬鹿にし、物分かりの悪い年寄を老害と呼んで馬鹿にしている。何でも斜に構えて自分以外の全てを馬鹿にし、自分は安全圏から半歩も外へ出ず、馬鹿にしている筈の親や旦那や妻や行政にぶら下がって何不自由なくたらふく飯を食う。三食昼寝付き。羨ましい?羨ましくもなんともないわこんな連中…引きこもりの中学生と同じメンタリティやん。

生活保護もなんも羨ましくない、、本当に貧乏な時は羨ましいかもと思ったこともあったが、自分がそこに堕ちる気はさらさら無い。考えたこともない。毎日1日1食でカップ麺と水道水だけ飲んで生きてた時期があったが、生活保護を申請しようなんて考えたこともない。運よくそれにありつけた人間はそれに縋ればいいだろうが、あれはあまりに天国なので人から働こう、自立しようという人間らしい活力を完全に殺してしまう。意味があるとすれば、あれは犯罪を防止するシステムなのだ。頭が悪く、心が弱く、我慢ができず、先が見通せず、何の能力もない。そんな人間は社会に一定数、けっこうな数いるわけだが、彼らは放置していればそのうち困窮して犯罪者となる。普通に働くその辺の人を襲撃するようになるのだ。それを未然に防止するためにあの制度がある。お金あげるから、どうか、大人しくしていてね?それが生活保護というシステムの本態である。異論はあるまい。一時期、とある区の生活福祉課の人妻とメールしていたが、俺の二百倍は生活保護者を憎悪していた。嘲り、憎み、嫌悪していた。安全圏から綺麗ごとを言う連中はほぼ確実に生活保護者と関わったことがない。実質ゼロ被害なので綺麗ごとが言えるのだ。(とはいえ、生活保護者は囲めば金になるのでそういう用途では便利な存在だ。彼らに注がれた膨大な税金を市場経済へ解放する。それが我々の責務だ。とはいえ頭が悪いので付き合ってると疲れるが。。)

汚い仕事をしているからこそ、ストレスが溜まって汚い言葉もたまには出る。それが人間だ。いつもいつも正しいことばかり言ってられない。しかし、この正しさを強要するシステムはSNSの普及と関連していると思うがいつの間にか浸透し、息苦しい検閲は日常茶飯事だ。ネット黎明期はここまで酷くはなかった。人々が本音で話し、それはそれは醜いごみ溜めのような世界だったが、きれいごとや嘘で塗れた今よりはずっとマシだったと思う。もっと人々は伸び伸びと意見を口にし、批判はされても炎上して袋叩きにされたり、勝手にリツイートされて何千人もの顔も知らん他人に馬鹿にされたり、物知り顔で「悪い見本だ」と批評されるなんてことはなかった。本当に残念だ。言論がこうなってしまったのは本当に残念だ。

毒舌ブログってのも、一時期はよくみかけたものだったし、個人で作ったホームべーじやブログは、お洒落なインターフェイスやテクノロジーとは無縁でも、それぞれで独自に輝くいいものを持っていた。そういうのを眺めるのが好きだった。それが、、、もうここ10年ぐらい?俺は自分のブログ以外に毒舌ブログは見ていない。口悪く本音を書けば、間違いなく「世間見回り隊」が奇襲攻撃を仕掛けてくるのだから、「もうめんどいしやめよう」となるのは必然だったろう。あとに残ったのはSNSだ。本音を書けば嫌われ、すぐにハブかれてしまう、あの綺麗なものしか存在を許されない、あのあそこだ。俺もあそこでは何にも本音は書けない。ただボルダリングの動画を投稿して「また頑張ります」と壊れた目覚まし時計のごとく繰り返すだけだ。それ以上は何も書きようがない。何か意見や本音を書けばすぐに悪い影響が出るからだ。あっという間に「通報」されて、悪くすれば「凍結」され、いつの間にか勝手に「晒しものにされて」しまう。これを検閲と呼ばずに何と呼べばいいのだろうか?

ま、そんな感じではあるが、仕事をキャンセルされた分、事務仕事ははかどり、昨日はすぐ帰ることができた。早く帰っても特にいいことはないのでボルダリングジムへ行き、面白そうだなと目をつけてた課題を登った。あっさり登れた。それは6c+というグレードで、日本の段級に直せば1級に相当する。130度の壁で1級を登れるクライマーは全体の1%ぐらいだと思う。俺にとっても初めてのことだ。早く帰れてジムがすいていたから集中できたのもあろう。そう考えれば仕事をキャンセルされて1万円もの損失が出たのも、まあいいかと思える。こうして鬱屈は自分で解消し、何とか生きているわけだ。

それにしても、4月4日までを期日に、130度で1級を登るぞという目標は達成されたわけだ。年末ごろ立てた目標だった。本当はもうハーフグレード難しい7a(同じく1級)を登りたかったのだが、6c+でも十分だと思うようになった。6cは10個以上登ったが、6c+以上はただの一つも登れていなかったからだ。まさに影すら踏めない感じだ。頑張りに頑張って、ここまで辿り着いた。初めてまだ2年で、40歳を迎えてここまで来た。40代のクライマーで、2年未満の経験で、130度の1級を登れるニンゲンはほとんどいないと断言する。インスタには強いバケモノがたくさんいるが、そんな人はいないわけではないがほとんどいない。よくやったもんだな、、と思う。しかもほとんど怪我らしい怪我もしなかった。メンテナンスも完璧だった。今回ばかりは自分を褒めちぎりたいと思う。よくやったもんだ、、、前書いた記事じゃないが、「俺の黄金時代ってひょっとしてこれから?!」ってスタンスで陽気に歳を重ねていきたいと思う。

新年度を迎え、もちろんクライミングは続ける(これはもう死ぬまでやる。こんな善きものを辞める理由は欠片一つ見あたらない)が、今年は仕事も転機だ。スキルアップを続けていずれは脱サラという甘い夢を見続けたい。とにかく具体的に行動することが大事だ。ふわっとした目標はダメ。しっかり考えることだ。

もう一つは、とにかく日中戦争をしっかり勉強することかな。こちらは完全に趣味なので楽しくやりたい。けっこう本を買ったので読み進めていきたい。勉強してまとめや考察記事をまた書いて、そのうちこの辺で小説書けるぐらいになりたいね。日中戦争は盧溝橋で始まって真珠湾攻撃で終わってるイメージがあるが、現実には日清戦争から始まっているし、特に最低でも韓国併合、辛亥革命、対華21か条要求の辺りから勉強しないと全く理解できない。また、当然ながら1941年の日米開戦からも3年余り戦争は続いており、その主なお相手は八路軍(いうまでもなく現在の中国共産党である。いまやアメリカを凌駕し、世界帝国となるべく既存秩序に挑戦を続ける超大国である。こいつらを最も追い詰めたのが帝国日本)である。百団大戦の反攻作戦として実行された燼滅政策などは、独ソ戦も真っ青の血で血を洗う残虐なパルチザン戦である。放置するにはあまりに面白すぎる。前に書いたように偏った資料が多いので(日中戦争が情報戦という意味でまだ続いているからなのだと思う。まだ決着はついていないのだ)、なかなか読み込むのも難しいが、極力「どちらの味方もしない」のスタンスで客観的に理解できると良いのですが。

そんな感じです。今年度も頑張ります。では皆さんまたお会いしましょう。

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