ダイエットは食事制限

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最近、色んな人に細いですね〜。スラッとしてますね〜と言われるんすよ(真顔)

でもスーツ着たら「逆三角形ですね、すごい!」などと言われます。
例外なく女性に言われますね。男は男の見た目を褒めたりは決してしませんからね。まー女性は男の数百倍は体型に敏感なのでこの手のお世辞をまめに言ってくれる。フツーのことだと思います。つうか体型維持に四苦八苦して悩んでるマダムに言われることが多いすね。


そのたびにいやいや…そんなでもないっすよナハハとか言ってますけれども。

仕事でもね、精神障害者の家訪問して悩み相談受けたりしてるんですが、よくある相談がどうしたら痩せるんですか〜?とかダイエットしてるのに全然減らないのが悩みで…女性はまあ間違いなくこの手の悩みをお持ちであります。

男の精神・発達障害者は豚みたいな見た目になってもあまり気にしないという手合いが多いんで、この手の悩みはあまり聞かれないが、代わりに多いのは筋肉をつけたい、ムキムキになりたい、シュワルツェネッガーみたいになりたいと。まあそんな風に言う人なら稀にいる。

今までお付き合いした女性もダイエットについて常に頭を悩ませていた。体型に自信満々でやることやって美貌を維持してる人はほぼ例外なくヨガやピラティスをやっている。ヨガの効能はすごいものがある。プロクライマーの平山ユージさんも筋肉の疲れを取るために一人でヨガすることもあるとどこかで読んだ。

といっても、じゃあヨガやれば痩せるの?!じゃあ今日からはじめるワ!とならないでもらいたいのだ。

俺が1932年のウクライナ大飢饉や、レニングラード包囲戦、ヴォルガ河沿岸地方や東ガリツィアの飢餓の歴史から学んだことは、ヨガは痩せる、ではない。
ホロコーストでの最も主要な殺戮手段であった「作為的飢餓」、障害者抹殺計画T4作戦における飢餓病棟における人体実験、ドイツ国防軍の東部捕虜収容所でソ連兵捕虜が作為的飢餓に追い込まれ、200万人以上が餓死した歴史から学んだこと、それは…

ダイエットは、

一時的に生体を飢餓状態に落とし込む

…ということなのだ。

複雑で長い話を短くまとめよう。
ダイエットは食事制限である。
1に食事制限
2に食事制限
3,4も食事制限で、5に定期的な運動である。

そんなイメージ。

つまり、好きなもの美味しいものを好きなだけ食うだけ食っておいて、ちょっと運動したりヨガしたり走ったり泳ぐ程度で生体は決して飢餓状態にスイッチしないということを強調しておきたい。なぜか皆ここを完全に勘違いしており、ダイエットの方法を完全に間違えている。間違えた方法に血道を注ぎ、疲れ切ってすぐ諦める。シルエットはいつまでもでかいソフトクリーム。そんな自分とおさらばしたいなら今日のエントリは死ぬ気で読んでもらいたい。嘘は1つも書いてない。でもちょい耳を塞ぎたくなる厳しい事実を書く羽目になるだろう。仕方ないことだ。ほんとなんだから。

もう一度いうが、ダイエットは意図的に生体を飢餓状態へスイッチさせるものである。まさに自分自身を人為的に飢餓に追い込む。もちろんこれは走る程度ではダメだ。ウクライナの農民は走らされて500万人も死んだわけではない。じゃあ何も食べなければいいの?!いいワ!今日からアタイ何も食わないワ!とヤケクソになるのは勝手である。確かにもっとも早く結果を出したいなら絶食が一番だ。絶食して痩せないということはないだろう。確実に間違いなく痩せるのは絶食だ。まー1日ももたないと思うのでそれでは意味ないが。

ダイエットで最もありがちな、典型的なミスは、食事制限をろくすっぽせずに運動を頑張る、というものだ。運動も有酸素運動と無酸素運動があるが、アホな奴ほど無酸素運動と有酸素運動の区別が付いておらず、適当に思いつきで中途半端に運動している。で、結果が出ないのですぐやめてしまう。

運動についてはまたにしよう。
大して重要ではないからだ。
ダイエットは食事制限である。
ダイエットは食事制限である。

はい、暗唱して。

絶食がもし1週間できるなら、あなたは確実に10キロは痩せるだろうが、ぶっ倒れて死ぬ可能性も高い。健康を損なうと意味ないので、健康を維持しつつ生体を飢餓状態に追い込む必要がある。

大事なのは、脂肪を落とし、筋肉を細くしないことだ。よって、食べる物はタンパク質を主体とし、削るべきは糖質である。ゼロにすると死んでしまうので、当面は普段の量の半分ぐらいに減らす。これで十分だ。そのかわり肉や魚はたくさん食べる。

糖質かカロリーか、というのは未だに答えが曖昧な難問だ。ナチスの飢餓病棟では糖質を少量与え、脂肪とタンパク質を完全に断つことで障害児を半年程度時間をかけて餓死させることができた。
大事なのは、自分はどちらの派閥を支持し、削るのはカロリーにするのか糖質にするのか最初に決め、ブレずにしっかり一貫性を持って削るべきということだ。

経験的にはカロリーを削ると少し痩せ、糖質を削ると大幅に痩せる。一般に筋肉を減らしてしまう可能性が高いのは糖質制限のほうである。糖質制限のほうが生体へのダメージは大きく、途中で風邪をひいたり健康を少し損なう可能性がある。そして苦しい。だが、リスクが高い分効果は絶大だ。

大事なのは、外で食品を買うとき、必ず成分表示を見て(もしあなたが糖質派なら)糖質量(糖類ではない)が何グラムか確認し、トータルでその日のその時の食事で糖質を何グラム摂ったのか把握することである。あなたの体型によるが、一食50グラム未満を目指すべきで、決して100グラムを超えるべきではない。

大事なのは総量である。
例えば、糖質40グラムの昼食を夕方までに4回ぐらいに分けて食べても良い。

そして、タンパク質はあなたの理想の体重の×2倍量ぐらいを目安とする。50キロになりたいなら一日トータルで100グラム以上とる。成分表示でタンパク質のグラム数をちゃんと把握する。

あなたがカロリー派なら、同じく成分表示でカロリー数を計算して1日のトータルが1500キロカロリー程度になるよう調整する。経験的に、これは働く大人の男にとってはかなり苦しく、しかも効果が薄いのでオススメできない。
でも世のアスリートやボディビルダーはカロリー派が圧倒的多数で、管理栄養士などもカロリー派が多く、カロリー理論に基づいてダイエットを語っていることが多い。自分が糖質派ならカロリー派のダイエット理論を参考にするのは控えたほうが良い。

ヒントはダイエットを語る者の体型である。そいつがムキムキムチムチのラグビー選手のようなでかい体型なら、痩せるというより、凄まじい量の運動をして、筋肉をつける方向で生きてきた可能性が高い。
スッキリ細い体型の人なら、とにかく美容痩身を目的に生きてきた可能性が高い。
体型はその人の生活習慣や性格を顕著にあらわす。(これは25歳未満は当てはまらないこともある。いくら暴食しようと太らない人間は一定数存在するから)

自分がどちらを目指すのかも最初に決めておくべきである。ムチムチなのかガリガリなのか。細いね〜と人に褒められるのはガリガリである。適度なムキムキは普段スルーされるがベッドの中で素敵な筋肉❤️と言われる。どちらもモテるんでここは好みで好きにしてくれとしかいいようがないが、難易度は圧倒的にガリガリを目指すほうが低い。女性もだいたいガリガリを目指すぐらいで丁度良いことが多い。

男はガリガリでも、スーツやジャケットを着れば胸板が厚く見えたり足が長く見えたり背が高く見えることが多いため、普通はガリガリを目指すぐらいでちょうどいい。本当に骨みたいになると病的なので、そこまでなる前に追い込むのをやめればいいだけだし、筋トレをきちんとしてタンパク質をしっかりとれば痩せながらも筋肉のついた良い体となる。女にももちろん言えることだ。体幹に筋肉がつけば姿勢も良くなってくるため、普通にテレビに出てくるような綺麗なお姉さんになれる。ガリガリを目指しつつ体幹も鍛える…というのが基本となる。そのためにも単に絶食するのではなく、タンパク質をかなり多くとることをオススメする。

世の中には何が何でも絶対運動したくない、という人が稀にいる。
走る?無理。
筋トレ?疲れるし。
という人が。

この手の人はダイエットは不可能である。食事制限よりも運動するほうが精神的にも肉体的にも圧倒的に敷居が低い。運動さえできないなら食事制限はさらに無理である。かなり目的意識がしっかりしないと食事制限は続かない。

逆にいうと、食事制限を頑張ってる人は例外なく運動もする。だから、ヨガを頑張って続けてる人は食事制限をしてる…とは言えないが、食事制限を継続してる人は何らかの運動も継続している可能性が高い。(運動は交感神経を活発化させ、空腹を忘れさせる効果がある)美人にヨガ率が高いのはここにカラクリがある。ヨガをするから痩せるというのとはちょっと違う。

また、本当に多く貰う質問の1つとして、いつまでその食事制限を続けるのか?という問いがある。これについてはもう一生だよ!一生!ヌルいこと言ってんなよ!と絶叫したい気持ちをグッと抑えてこう答えることにしている。

ある程度理想とする体重より、マイナス1キロくらい落としてしまえば、たまに、週末の1日2日ぐらいなら豪遊するのも構わないと思いますよ^_^…という感じだ。納得いかないだろうか。しかし、食事を元に戻せば元の体型に戻るのはごく当然で、どうしても食いたいなら体重計と相談しながらたま〜ににしとくべきである。

また経験則で申し訳ないが、食事制限は、これまでの食事内容を一新する一大事業であり、日本人の常識や習慣との戦いでもある。それぐらい食事内容は激変するんで、これをまたすっかり元に戻すのは無謀だし、これまでの努力を放棄してまた太る、脂肪を蓄えるためのサイクルに体を戻すことでもあるんで、こんな真似をする人は馬鹿だな〜としか思えない。

しかし、それでもたまにの贅沢、金曜の夜ぐらいいいじゃないか、と好きなものを食べる時間も人生には必要である。俺だって金曜の夜は食うし酒も飲む。

しかし!それは普段めちゃ制限してめちゃ頑張ってる人だけが許される贅沢なのであって、毎日好きなものを思うままに食っておいてたまにの贅沢も何もないもんだ。毎日贅沢してたら太って病気になるのは当然だ。そんなわけで、食事制限を始めたら、一生その食事を続け、食べたいものはごくたまに体重計と相談しながら計算しつつ食べるという形となる。

え?それでは人生が虚しい?美味しいものぐらい食べさせてくれ?食べることしか楽しみがない?食べることが趣味?美味しいものを食べるのが大好きなんです?

ふーん。
俺はそんな戯言を聞く時いつも、江戸時代の飛脚のおにぎりのエピソードや、秋山好古や南方熊楠の下積み時代や、原始時代の人間が現代人の10000分の1しか糖質を摂ってなかったことを思い出す。
餓死した母親の肉を食べてウクライナ大飢饉を生き残った、或いはそれでも生き残れなかった子供達や、満足に食べられず何のために産まれてきたのかさえ誰にも教わらず、塵芥のごとく宇宙に浮きでては消えて行く中央アフリカの子供達の生命について想う。

どれだけ食事制限をしようと、冷酷な共産主義者が引き起こした赤色テロで絶滅した村人達や、ドイツ国防軍の鉄条網に囲まれ、戦友の肉に噛り付いた姿勢のまま凍りついてかたまり、その姿勢のまま墓標も建てられず地図にも載らぬ荒れ地に埋められたロシア人よりはマシな食事になるということを強く主張したい。

人間の歴史は、食べたくても食べたくても最低限の栄養さえ確保できずに、或いは食べ物を剥奪されて死ぬに任せて放置された人々の無数の死の堆積なのだ。

然るに時代は変わり、貧しい者が安いジャンクフードばかり食べて肥え太り、豊かな者がメニューに野菜を取り入れ運動し、健康的な体型を維持する時代となった。ほんの数十年前と全てが変わった。これまでヒトは口にできるものは何でも食べねば生き残れなかった。しかし、今は食べたいだけ食べれば病気になるという時代だ。この時代の変化に無頓着な者は肥え太り、人に嫌われ子孫を残せない…そんな時代となったのだ。

時代の変化に適応し、行動に移せる者は健康な体型を維持し、パートナーを見つけて子孫を残せる。

それに、体型の話を抜きにして、欲に任せて大食いするのと、必要な量だけ食べるのと、一体どちらが人間らしいのだろうか。上で書いたような飢餓で死んだ人々の霊を冒涜しているのはどっちだ?

無駄に食べる必要はないのだ。無駄食いに耽ることで太り醜くなり、病気となって人に迷惑をかけることになる。一方では地の果てで腹に水腫を抱え、泥濘の泡のごとく消えてゆく子供がいる。

自分がここで食べることを我慢すれば、巡り巡って誰かの口の中に食べ物が渡って、命を永らえるかもしれない。そう考えると、必要以上に太って健康を害してまで食べたいとは思わない。少なくともスマートとは思えないのだ。

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