返校 言葉が消えた日【映画評】

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これは今年暫定2位の佳作。(と言っても今年は映画を確か3本ぐらいしか観てないのでアレなんだが、、、ちなみに1位は「ロードオブカオス」

こう書くと、なに?つまんなかったの?という感じだがそんなことはないよ!これは本当面白かったです。元ネタはPCゲームらしいんだが、全然知らないのでそのお話は割愛。ただ、当時から台湾の白色テロを舞台にしているとのことで、ちょっとゲームファンの間では話題になっていたとのことである。

大戦終結後、共産党との内戦に敗れた蒋介石の国民政府は、台湾にヤケクソ臨時政府を樹立したのだが、実に40年以上も戒厳を敷いていた。その時代を白色テロと呼ぶ(「白色」は強権的な独裁国家を意味している。これに対し「赤色」は共産党主導の革命政府を意味する言葉だ)。

中華民国国民政府はもともとナチスとソ連をモデルにして国作りをしていたファシズム国家だ。米英の支援をばっちり受けつつ、長年にわたって日本と死闘を演じながら共産党とも殺し合い、もはや恐怖政治にひとかけらの躊躇もない百戦錬磨の独裁体制であった。

本省人を皆殺しにするなどまさしく「蟻を踏み潰すよりも簡単」な仕事である(故李登輝元台湾総統が実際に言われた言葉である)。

よく言われる誤解は、中国軍はクソ弱かったというやつだが、「中国軍」は実に多彩な組織の複合体で、いわゆる共産党による「八路軍」は極めて精強で、日本の三枚ぐらい上手の戦上手であり、これは超有名なんだが、蒋介石の親衛隊ともいえる国民政府直轄の「国民革命軍」もドイツ軍事顧問団の指導を受け、装備もドイツ式、大戦後期にはアメリカ製の最新兵器も完備。兵も士気が高く、将校は狂信的。また、日本軍や共産党との長年の死闘により、世界一と言っても良いぐらい実戦経験が豊富な戦闘集団である。また、ソ連とドイツが共有した「恐怖こそ力」のモットーを掲げた軍隊であり、その過酷な規律は日本軍以上である。

蒋介石の国民政府が台湾を統治し始めた時代は、まさに国共内戦の佳境ともいえる時期で、優秀な人材は全て大陸で仕事をしており、八路軍と未曽有の絶滅戦を遂行している真っ最中である。元日本領のアーモンドのごとき島国に優秀な人材を送るゆとりがあったはずもなく、台湾では異常なまでに腐敗した大陸型の汚職政治が横行していたそうである。

日本のまあ割合にクリーンな政治、豊かな生活に慣れ親しんでいた台湾人(本省人という。沖縄のウチナンチュみたいなもんだろうか)は、国民政府ゆかりの軍人や官僚(本省人に対し外省人と呼ぶ)の汚職や横暴な政治が許せなかったとのことである。当初からデモなども起こっていたが、ついに怒り爆発で蜂起に近い様相に。1947年2月28日に台北で起こった暴動は全土に波及し、一時は現地政府もたじたじ。譲歩の姿勢も見せていた。

しかし、蒋介石は徹底鎮圧する方針を決定。大陸からそれこそ国民革命軍の精鋭を派遣。彼らはまさしく30年以上にわたって大陸で戦闘と恐怖政治の経験を積んだ殺しのスペシャリストである。けちょんけちょんに大衆テロルをぶっこまれた台湾人は、まさに極悪ペットブリーダーに飼いならされた猫のごとく縮こまり、抵抗を諦める。(この頃の台湾人は、感覚としては85%ぐらいまだ日本人であったであろう。思えば哀れである。敗戦の無抵抗の民が、占領軍に一方的に暴行を受けた図式である)

台湾が悲惨だったのは、その後蒋介石が国共内戦に完全敗北し、台湾にヤケクソ臨時政府を置いてしまったことである。蒋介石は台湾などにひとかけらの愛着もないし、本省人など彼にとっては虫けら以下の存在である。というより蒋介石本人が長年に渡る過酷な戦いの中で極端なマキャベリストに変貌しており、大陸でもこんな恐怖政治してたっけ?と思うような、恐ろしい弾圧と監視社会で台湾全土を作り変えてしまう。その秘密警察機構が最も完成されていたのが、映画で描かれる1960年台であろう。(そう、ここからやっと映画の話である

映画で描かれる時代は、まさに上記のごとしである。蒋介石は国共内戦敗北後もたびたび大陸への反攻を試み、その都度惨敗していたという。蒋介石の中では戦争はまだまだ続いていたのである。その共産党への憎悪、大陸への執着だけは純粋かつ真実味を帯びており、政府は国民の中に共産党のスパイがいないか常に目を光らせていた。大衆の殆どはもちろんただの「元日本人」である。昔は読みたい本は好きなだけ読めたし、何話してもそんなに怒られもしなかった。天皇の肖像画にお辞儀だけしてれば基本的には自由な社会であった。しかし、国民政府のテロ統治はそれとは比較にならない。まさしく、ただ本を読んでいたというだけで血相変えた警察官が暴力的に乱入し、誰であろうと連れ去ってしまうのである。そして戒厳令下では裁判は滅多に行われず、大抵はドイツ・ソビエト式に自白を迫られ拷問にかけられ、何の法的根拠もないままに死刑となった。

映画の中では、反政府運動と言えば全く大袈裟な、単なる読書会が定期的に催されている。教師2名と生徒数名の文芸サークルと言うにもお粗末な、ひっそりとしたものである。しかし、彼らはほんの少しでも秘密が漏れたら全員殺されると知っている。それでいて、政府が禁じた本を読み、それらを書き写し、語らい、真面目にお勉強をしているのだ。これがまさしく国民政府の秘密警察にあっけなく粉砕されるのが冒頭だ。その緊迫感は半端ではない。当時の本省人の冷や汗が伝わってくるかのようである。

誰が密告者なのか?というのが映画でミステリーとして描かれる部分なんだが、その物語をホラー映画風のある登場人物の心象風景を通してゆっくり描く、というのがこの映画の骨幹となる部分。幻想的で怪奇的な心象風景は、その登場人物の罪悪感を根拠としてそれはそれは恐怖に満ちた、おどろおどろしいものとして描かれている。その幻想フェーズと現実フェーズとが交互に時系列をやや曖昧にして提示され、観客は恐怖に震えつつスリルに胸をワクワクさせつつ謎解きを楽しむわけだ。(そして幻想よりも現実のほうが遥かに過酷で残虐で恐ろしいと疑いなく思える秀逸な演出

そんなに難しい謎解きでもなく、下手人は割と最初のほうでわかるんだが、問題はなぜその下手人が国家の手先となって密告を行ったのか、というそちらのほうこそ最大の謎として映画後半が彩られる。

最後まで観ていると、実にしんみりする。ごく個人的な愛憎と、時代の悲劇が残念ながらこれ以上ないぐらいにうまく重なり合ってしまい、悲劇が産まれたわけだが、映画を全部観通せば作り手の明確なメッセージが伝わるとともに、残虐な恐怖政治によって命を失った数多の人々に祈りを捧げたくなる内容。そして今やこんな最悪のテロ統治からいきなり民主国家となった(ように見える)台湾と、いまだ牙を剝き出しにして台湾を威嚇する中国共産党との複雑な関係…に興味惹かれるような思いがする。現代政治への興味関心へのとっかかりとしても、大変良い映画だなと思いました。

作中で秘密警察に隠れて読まれていた本は「苦悶の象徴」。これは厨川白村の1920年代に発表された小説で、恋愛至上主義?なるものを掲げた内容だそうである。どう考えても、国共内戦に関係していないように思うが、これを中国語に翻訳したのが魯迅だったとのことである。魯迅は毛沢東が共産党統治の正当性を掲げるためにたびたび理論的根拠とした文芸家であり、国民政府にとっては許しがたい人物であった(ロシア共産党にとってのゴーリキーのようなものかな?)。そのために規制されていたということである。

この映画は娯楽として楽しみつつ、台湾と共産党の長年に渡る戦いの歴史の一端を知ることができる、良い映画である。21世紀は中国抜きでは語れない。

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