プラトー

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中年のクライマーはみんな言ってるんだが、「もっと若いころから始めれば良かったね」というのがある。正直20ぐらいの人たちがスイスイと段課題を登るのを見てると、ものすごく虚しい。「他者と比べる必要のないスポーツ」のハズと思っていたが、とんでもない。「他者と比べなきゃ強さを実感できないスポーツ」の間違いである。。結局のところ、強い弱いという相対的価値観が、他者との比較から解放されることはない、、そんなわけで、敗北感を植え付けられてばかりです。

クソ弱の中年男性のくせに、なんなんだろうね、とまた虚しくなります。自己嫌悪。このスパイラルから抜け出すためには俺も認知行動療法でも受けたほうがいいんじゃねえかとまた自嘲。わかっている。そんなん言うてたら何もできないよね、、

こないだ6C+登った時には「やったー!嬉しいー!強くなったもんだな~」と歓喜した筈が、わかってはいましたがまたすぐにプラトーがやってきました。

プラトー?なんやねんそれ。俺はこれまで仕事で片麻痺者の回復が停滞してきた際にこの言葉を使ってきました。麻痺はプラトーに達しており、云々かんぬん・・・そんな調子で医者に向けた報告書に書いていました。でもスポーツの世界でも、というか練習して成長、、、というサイクルを組むあらゆるもので成長曲線が鈍くなってきて、ついに成長が停滞してしまう、、、そういうことはしばしばあり、その際にも使われる言葉だったそうです。最近それを知りました。俺はまさにそれだと。プラトーだと。

それまではね、年齢にしては頑張っているほうだ、けっこう優秀なんじゃないかと自惚れもありました。しかし、結局のところ、俺はいつも独学で自分にとってきつすぎない練習メニューを楽しんでやっていたに過ぎず、自分の苦手に向き合ってこなかったなあ、と。こう思うのです。

それはやっぱり指導者が不在だったことが影響されます。。鼻っ柱の強い性格で、人の忠告を聞かないばかりか、基本的にどんな凄そうな人間でも疑ってかかる性格が災いし、いつもいつも独りで練習していました(もちろんそういう性格になったのには色々な理由がある筈ですがそんな話を言い訳がましく書いても仕方がない)。そして人も基本的に俺には近寄らない(俺がカワイコちゃんだったら絶対教えたがりのエロ野郎が近づいてきたに相違ないのだが)。俺にとってきつい練習を強制力を使って追い込んでくる、(例えば運動部のコーチのような)そんな人間がいればきっと違っただろうな。そんなん言うても仕方ないですけどね。というわけで学生時代にクライミングはじめた奴には勝てない。若さ、フィジカル、脳の柔軟さ、指導者に教えてもらえる環境、回復の速さは練習量の違いに影響し、長く競争すればするほど不利…比べても仕方がない。最初から持ってるカードが違いすぎる。俺が学生の頃はスポーツクライミングなんて言葉もなかったんだから。

最も効果的な対策はインスタグラムを見ないことですね。毎回プラトーに陥るたびにアプリは削除しています。人の登りを見ていると、嫌な気持ちになることが多くなりました。これは勝手に俺が嫌な気持ちになっているだけなので誰も悪くは無いのだが。とにかくインスタは見ないようにしている。そもそもインスタグラムをやめたほうがいいのかもしれない。すごく心が楽になります。(ジムで登っていても自分より強い人はそんなに多くないですが、インスタには山ほどいるので)

思い返すと、プラトーは定期的に訪れ、そのたびに脱却し、そこそこ成長を実感するシーズンが来て、また停滞を感じる・・・その繰り返しなんだけど、だんだんと自分の中でハードルが高くなっているのが問題。1日何も登れないで落ちてばかりの日があったとしますよね、するとそれだけで「ああ、またプラトーが来ちゃったのかなあ、、、」とすぐ思うようになってしまった。

ちょっと指が痛いと「ああ、また腱を痛めちゃったのかなあ、、、」とすぐ思うのに似てるなあと感じる。まあ、指の痛みは無視してるとどんどんもっともっと痛くなってきて、そのうちに全く登れなくなってしまう。だから無視はできない。でもプラトーはね。例え何も登れなくても別に構わないはずである。何も失っていないし、ただそのまま帰って寝て、明日から仕事すればいいだけだろうに。なぜこんなに苦しいのだろうか。プラトーに陥ること自体はやむを得ないことである。ずっと右肩上がりの成長曲線を描くならば、誰でもオリンピックで金メダルを獲ることになる。

クライミングはダイナミックなようで極めて繊細なスポーツだ。ほんの僅か何か違うだけである時には転落し、ある時には完登する。前に登れた課題がいつも登れるとは限らず、ちょっとスリップしただけで落ちる。すると即座に思うのだ。「ああ、この課題は何カ月も前に登れたやつなのに、ダメだった、、、俺は弱くなってるんだ」と。そう思わないでいられるクライマーは多分いない。こう思うほどネガティブで、自分に対してストイックでないと、高難度課題は踏破できないのだ。自分のことを「弱い!弱い!弱い!」と思い続けていられないと体がいかれるほどの訓練を何カ月も何年も継続することはできない。自分への偽りのない厳しさは、いきすぎると自信を失わせ、虚脱感を与え、ついには無力感へと至らしめる。それでもクライミングをやめる人は少ないと思う。俺もこのスポーツの苦しみや厳しさはそこそこいつも感じているが、やめてしまおうか、などとは露ほども思わない。クライミングは善きものだからである。これだけは自信を持って言える。確かなことである。

去年の春に傾斜の強い壁で練習していたらハマってしまい、練習しすぎで指の腱を痛めた。復帰するのに半年近くかかりました。それ以降は苦手なオーバーハング(=強傾斜。130度以上前傾した壁)に向き合うことにした。指の腱がまだ治りきっていないうちにまた強傾斜の練習を始めるってのが自分の性格を物語っている。負けず嫌いで無茶ばかりする。怖いものに怖いからこそ突進して行く。戦場ではきっとすぐ死ぬだろう。愚かである。火中を歩まぬ者は焔の祝福を受けられぬ、と信じている。

最初は良かった。頑張って練習していると、だいたい1か月半ぐらいは成長を実感できた。どんどん登れて、楽しい毎日。しかし最初のプラトーがやってきた。どんなに足掻いても、何をどうしても、全く登れなくなってしまうのだ。新しい課題はもちろん、既にクリアした課題さえ登れなくなってしまう。停滞どころか衰退である・・・成長しないだけならまだしも、衰退して行く自分を目の当たりにすると焦りが出てきます。すると練習量を増やす。より負荷の強い課題に挑む。筋膜リリースは欠かさない。でも報われず、指が痛くなってくる、、、悪循環。

でもある時急にプラトーが終わります。だいたい何度も何度も打ち込んだ高難度課題がクリアできるとそれが訪れます。それ以降は不思議とその他の前は手も足も出なかった課題が登れます。そういう体験をする。成長したんだと歓喜し、またたくさん登ります。そうやって調子こいてるとまたすぐにプラトーがやってくる。指がズキズキ痛み、前腕はカチカチで全く力が入らない。今度は練習量を減らしてみたり、休養を取ることを意識してみる。思い切って1週間ぐらい全く登らず我慢してみる。でも結局、練習しないと登れないんですよね。1週間休んだ後にまた登ってみて、結局全く登れず絶望。休んでも負荷を増やしても、プラトーを打ち破ることはできません。

でもね。またある時ふっと急にプラトーが終わります。その時も何回も何回も挑んだ課題がようやく登れた時でした。ふっといきなり登れる。それまで手も足も出なかったのに。全く登れる気がしなかったのに。ふっといきなり。それ以降はまたボーナスタイムです。マリオのスターみたいなもので、ごく短時間だけだが無敵状態だ。登れなかった課題がどんどん登れる。楽しくて仕方ないわけ。でもまたやっぱりどんなに粘ったところでプラトーは来る。

嫌でも練習スケジュールを見直すことになり、練習量が多すぎるのではないか、メニューが単調すぎるのではないか、と思案する。お得意の思案。考え込むのが趣味みたいな人生だ。本当、それこそ死ぬほど考えた。週2回がいいのか3回がいいのか。

今のところ結論は週2回の練習がベストだ。でもそれでも指は痛くなる。いつも決まって左中指だ。となりますと、週2回やるにしても強傾斜は週1にして、もう1回はもっとマイルドな練習に切り替えるべきなんじゃ?でもそれで強くなれるのかはわからない。答えはどこにもなく自分で探すしかない。やってみるしかないのだが、強傾斜の楽しさを知ってしまうと、なかなかそれ以外のことに興味がなくなってしまう。垂壁やスラブの1級なぞ、登れてもぴくりとも喜ばなくなってしまった。異常なことだ。不幸だな、とも思う。自分の中のハードルが上がりすぎているという好例だ。いや、悪い例か。

今回のプラトーも、自分の中のハードルが上がりすぎた結果だ。登れる課題はだいたい登ってしまって、苦手で後回しにしていた課題が残ってしまっている。そうそう登れないのは当然だ。それまで全く手も足も出なかった課題ばかり残っているんだから。でもこういうとき、前に登った課題をもう一回やってみても不思議と登れないんだよなあ、、、そして再度自己嫌悪に陥る。

プラトーを乗り切るために、いや短く済ませるために、色々足掻きました。新しい靴買ってみたりとかね。登らずに走ったりとか。ボクサー並みの減量に挑んだりとか。全部そこそこ効果はありましたけどね。だから脱却して成長したりもするんですけどね。特に減量は確実に効果出ますね。でも辛い。。。こないだ測ったら体脂肪率は9.8%でした。まだ減量しなきゃなんないの??もっと重くても体を引き上げられる指の力が欲しいんだがなあ、、、指は鍛えるとすぐに痛くなる、、その悪循環から抜けられない、、、限界を感じる。限界を感じることそのものがプラトーを招いていると思う。それもわかっている。でもどうしてもそう感じてしまうのだ。多分、それは事実だからだろう、、、年齢、体格、経験年数など、すべてもろもろ客観的にみれば、十分健闘しているのだ。プラトーを抜ける最も有効な方法は、有効な方法は特にないと認め、黙々愚直にすべきことをし練習を続けるしかないってことだ。

・・・なああんて自動思考がね。堂々巡りです。参ったね。今度のプラトーは長そうだ。だいたい1カ月半ぐらいの周期で好調期、プラトーが循環している気がする。となると、なんとなく次プラトーを抜けるのは6月ぐらいかな?って予想なんですよ。わかりません。この予想が正しいのかも。プラトーを抜けたい一心でまたおニューシューズを買いました。もう何足目だか。。連休で豚活をさんざんやったので、明日から減量もがんばります。。。これ以上痩せるのか甚だ疑問だが、、あと10年若ければよかったのに、、、本当にいつもそう思います。

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