人生の目的

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39歳か…歳とったわ。いつの間にこんなところまで来ちゃったんだ感を禁じ得ない。

早生まれだし、本当なら40歳だしな。来年春には40歳すわ。40歳って誰がどう考えてもオジちゃんやんけ。今更だが

40歳だから色々諦めがつくこともあれば、全然諦めがつかないこともありますよね。


生活やら仕事やら振り返って、やっぱり優先順位の低い事柄はもはや敢えて時間を割いてまで取り組もうと思えないですね。残り時間は多くないんだよ…そんな無駄なこと面白くないことしてられないのよ。

でも、やっぱり、いくらいつ死んでもどうでも良いような40歳の中年男性とはいえ、実は心を持っていて、繊細なアレコレに悩み苦しみ、些細なことに生きがいを見出したりとかしてるんですよね。でもそれを大っぴらにすると「いい歳こいて何言ってんだ」「いいご身分ね」「オッサンの愚痴聞かされてハラスメントですよね。心が傷つきました。ここから先はお金払ってください」などと言われちまうんだよ。

だから文字通り私を殺し、人前では「いやー仕事と家のアレコレで時間なくなるんで、会社と家の往復で、もう家には寝に帰ってるだけっすよ〜。給料も安くて食ってくだけで精一杯すよ〜。趣味なんてないですよ〜最近は趣味は仕事と子育てで〜笑」なんて言ってればまあ鉄板ですよ。これでやっと人並みの社会人ですので。正直になんでも話すと馬鹿にされるし軽蔑されますよね。「いい歳こいていつまでふらふらやってんだ?」「よくそんな金あるね」とかさ。絶対似たような皮肉を言ってくる奴が何処かにいますよ。それがこの日本社会です。男は無言で仕事して給料袋を家に納めてればそれ以外何も考えなくていい。余暇を楽しむなどブルジョワの贅沢みたいに解釈する奴がたーくさんいるんで、本当のことは到底話せません。

本当のことを話せないと当たり障りないおためごかし、お世辞や天気予報の話とかしてるしかないんで、人間関係は希薄となっていきます。どんどん孤独になってゆくのです。

実際この歳になると、あらゆる分野で伸びしろが望めなくなります。そんな急に変わるかよって俺も思ってたけどさ。急には変わんねえけどすごーしずつ落ちていきます。あらゆる領域であらゆる能力が。。。老いといえばそれまでですが。記憶力、思考能力、集中力、身体能力、回復力、免疫力、持久力、物事に対する好奇心、人としての当たり前のあたたかい感情さえも、どんどん鈍麻してゆく。止めようがないんですよ。生きてる以上は。ゆるーい坂をゆーっくり転げ落ちる感覚です。

あとこれは個人的な感覚ですが、仕事に追われてるとそればかりやってて、いつの間にか時間が経ってて、そういえば俺は何が好きだったんだっけ…?と日曜の夕方に途方に暮れたりとか…え?ないですか笑

俺は10以上歳の離れた娘とお付き合いすることが多いんで、「もう歳やねんから一晩で3回もできないのよ」と諭すことが多かったですが、彼女たちはだいたい理解してくれませんでしたね。まあ理解するフリはしてくれるんですよ。「そんなの大切じゃないの。大事なのは心なのよ」ってねえ。でもね、やっぱりその辺を期待してるようなんですよ。「だって出会った頃はできたじゃない」「スキンシップは大事でしょ」とその目が言ってる気がするんだよね。実際無理して頑張るとめちゃくちゃ喜んでくれるしさ。でも毎度毎度無理っすよ。無理してやってると疲れて汗だくなって中折れしますし。入れてても「あれ?入ってるのかな?」って感じで何にも感じないですし。萎んでいつのまにかコンドームが取れてたりするんで笑い話じゃないですよ。無理はできないです。絶対最近は無理しないようにしてます。惨めな気持ちになるからね。中折れはツラいです。。。若い頃は当たり前にいつでも100%のパワーで重戦車の如く一日中腰を振っていたのに…そんなもうできないです。その代わり一回をめちゃくちゃ長くヤってますけど、その辺のコントロール力はついたね。AV男優かよって感じだが。。。

集中力、記憶力の低下も深刻っすね。まず読書ができないです。集中できないし、読んでもすぐ内容忘れるし。それならまだしも若い頃好きだったアレコレを思い出せなくなってるのもツラいです。音楽とか文学とか、観た映画とか。自分のブログ読み直してようやく思い出せるレベルだし。「あーあの頃の俺はこんなことが好きでこんなしょーもないことに時間割いて色々考えてたんだなー。いいご身分だなこいつ殺したろか」とか自分で自分に思うぐらいだからよお。

免疫力も落ちてますよねえ。。風邪引くと1ヶ月〜2ヶ月ぐらいは治らないしよお。子供の頃は3日ぐらいで治ってたのに…すぐ喘息でるしよお。。コロナ時代で咳が止まらんというのもヤバいでしょおが。客にもう来るなと言われちまう。洒落になんないすよ。

身体能力の衰えも深刻っすねえ。幸い?俺は若い頃はスポーツ全然しなかったんで、比較対象がない分まだマシなんだけど、やっぱり命の次の次ぐらいに大事なクライミングだが、成長曲線が実に鈍いうえ、怪我しやすいし怪我から回復するのもめちゃくちゃ遅い。。。
怪我を繰り返しつつ、一体どこまでの高みを目指せば良いのか、全然わからない。人にはよく「他人と比較しすぎなのよ、自分が楽しめればOKじゃない」と言われるんだが、人と比較せずにスポーツをしてる人っているのか??クライミングは確かに内なる壁と戦うスポーツであるし、他人と比較する必要はないんだが、それでもインスタ見てると嫌でも目に飛び込んでくる若きツヨツヨクライマーたち。心を惑わされてしまうのです。1級、初段を苦もなくスイスイ登るそのお姿たるや神々しく、ぢぐじょ〜なんで俺にはアレができないんだ?と悔しくて悔しくて死にそうなのだ。いい歳こいてこんなこと言ってるとクソダサいから絶対言わないけどさ。←思い切り言ってるくせに

でもさあ、俺も所詮はまだ40なわけですよ。俺も仕事でリハビリの真似事をしてますから90すぎたお爺ちゃんの歩行訓練とか生業としてますけども、「あーこのじじい、今は俺に手引かれてやっとのことで歩いてるけど、別にサボって怠けてこうなったわけじゃないんだよなあ。むしろこの人も俺と同じく自分の限界と戦いつつ、形こそ違えど内なる壁に挑み続け、必死で頑張って頑張り続けて、でもそれでもやっぱり病とか老化とか衰えでこうなっちゃった訳だよな。背骨曲がってるし頭はボケてるし。シャツは食いこぼしでいつも汚れてるしよお。リハビリパンツとかいう名のオムツみたいなのはかされてるし。何だかいつもキツそうにハアハアと息が荒いしよお。好きなこととか趣味とか何にもなくて、食うこととおしっこすることと、週2回風呂に入れるかどうかだけいつも気にしてよお。デイサービスとかで似たような年寄りと天気の話ばかりしてよお。どうすんだよ。生きてて楽しいのか?光り輝く瞬間とか今後一瞬でもあるのかよ?もう死ぬの待ってるだけの廃人じゃねえのよ」などと世にも醜い自動思考が頭を絶えず巡ってましたね。新人の頃は。最近はサッパリそういうことも考えなくなったけどよお。仕事は仕事でやんなきゃ話になんねえからよお。仕事の邪魔になるような雑念は排除できるにこしたことないからさあ。最近はそういうことはあんまり深く考えなくなりましたが。自然の摂理だししょうがねえっす。

しかしだな、こと自分に話しが及ぶと、おいおい簡単に片付けんなよ!俺はまだ一応生きてるし、あと30年ぐらい生きないと住宅ローンがまだ残っていてだなあ…あ、でも死ねばローン無くなる団体保険に入ってるんだった…。あ、じゃあ別に死んでもOKなんだ。あ、そうなのかよ。。とか思ったりするわけですよ。悲しいよなあ。自分ですら自分を大事な存在だとは全く思えないわけだよ。他人なんてもっと思わないだろ。あー、東京人多いし人口100分の1ぐらいになんねえかなあ、とみんな心の底では思ってるわけだからさ。

今、生活で優先順位の上のほうに来てるのって、ほんっと正直に書くと、俺の場合仕事、クライミング 、女、の3つでございますね。もはや映画とか音楽とかオタク的活動は無くなって久しい。(もうブログもやめたら?という感じだが惰性で続けている。。。)

仕事は歳とろうがなんだろうが続けなきゃなんないんで最重要事項ですね。頑張るというよりは心を殺すスタンスが必要。盛り上がっても盛り下がるわけにはいかない。なるべく波風立てずに無難に長〜〜く続けるられるよう努力せねばならない。なるべく何も考えずその場をやりすごす日々です。。。まー俺なりのキャリア形成のビジョンはあるんだが、うまくいくかわからないしここには書かないけどさ。(本当は真人間なんだよ俺は) 仕事を続ける上での重要事項は対人関係ですが、これが最難関。。俺も長年悩んでいるが、ここで書くにはあまりにデカいトピックスなので日を改めようと思います。。

クライミングはねえ。最も悩み苦しんでますよ。全力を出せば体のどこかが故障する、でも全力を出さねば強くなれない、とのジレンマ。。一体どこを目指すべきなのか。わざわざ限界というか、ゴール地点を作る必要はないと思ってたんだが、嫌でも考えざるを得ない。これほど私生活、余暇のほとんどをつぎ込んでおきながら、満足いく結果は到底得られそうにないのだ。一時期小説書くのにハマってた時期があったけど、アレも似た感覚があった。一流になるにはとんでもない労力、時間を費やす必要があるけど、大成する可能性は限りなく低いわけで。どこまで労力を注ぐのか。どこで折り合いをつけるこか。人生は一度きり。難問です。どこまで行っても満足することは多分ないだろう。楽しいしどんどん腹筋が割れてくるし脱ぐたびに人に褒められるから、まだ誰も読まない小説シコシコ書くよりはマシだけどさ…
まー続ける、限界まで登れなくなるまで続ける…それ以外の選択肢を選ぶ気は全く毛頭ないんだが、自分の限界に挑み続け、いずれ怪我をして挫折するのだろうかね。まーそこまで行っても良いのかも…ある意味では幸せな人生だ。平和じゃなきゃこんな真似はできないわけで。紛争起きるたびに女房子供食わすためにAK担いで傭兵稼業という漁師もタンザニアとかにはいるわけでして。。。何が言いたいのかって結局これは愚痴なのかな?また若い娘に金払えと言われちゃうよ。。。

女、と一言で書くとセックス依存症のクソやろうかよ、このクソやろうと思われてしまいそうだが、ちょっと待ってほしい。恋愛がしたいだけですよ。別にしたっていいだろ。恋愛ぐらい。細胞レベルで若返るからね…とはいえこれもいずれ限界が来るとわかっている、東京オリンピックのレガシーみたいなもんだと思ってますが…何でこんなに女の尻ばかり追いかけ回してるんだろうか?いずれもっと歳とって誰にも相手にされない汚くて醜いジジイになるのは確実なのに、それこそ死が必然というのと同じぐらいに確実ななのに…一体なぜ…?

ここ最近思うのは、俺は確か中学ぐらいの時、自分はハゲるんじゃねえかと本気で心配していたと思うんですよね。父もハゲてるからさ。でも今のところ全くもって髪の毛フサフサなんすよね。抜けてるとは思うんだけど、実は毛量減ってるのかもしれないんだけどさ。今のところ大学生時代とほぼ同じ髪型もやろうと思えばできるんですよ。人間の印象って髪の毛で決まるところがかなり大きいからねえ…男も女も。

この髪の毛が集団農場で餓死させられる農民みたいに、わずか数年でカラッカラのウェイストランドに化ける可能性あるわけですよ。死よりもだいぶ差し迫った恐怖ですよね。何でこんなもん不安に思うのかって、結局恋愛は導入の部分に限るにしても、結局見た目の印象で行われるという、俺の数十年来の確信がそう思わせる訳です。ハゲてきたら、今みたいに女ひっかけるのは容易じゃなくなるだろうねえ。。いつも何故か帽子かぶってるオッサンになりたくねえ…ショーン・コネリーみたいなハゲになれれば良いのだが、結局ショーン・コネリーは見た目レベルがレジェンドクラスだから、髪の毛が無くなってまだまだ素敵というだけですよね。髪の毛があったらもっともっと素敵でもっともっとモテるでしょう。そう考えると凡人クラスの見た目のワタクシの毛髪がホロコーストされてしまったら、起死回生の道は完全に途絶えると…とても自信がない。

人間は見た目じゃないさ!というのは有史以来最も有害な世迷言ですよ。。。人間は見た目で判断されます。確実に。そんな訳で、俺も苦労して見た目を清潔に整えて、なんとか女性に好意を持ってもらってラブコールを送ってるわけでして。。で、自分も結局お相手が美人じゃないとやる気起きないわけでして。見た目でバリ判断してるのはこちらも同じです。最近のマッチングサイトも載せてる顔写真で全てが決まる一面があります。プリミティブな恋愛とは、結局お互いの顔が気にいるかどうかなんだよな。。

じゃあ顔が良ければ何でもええんか?と言われると、これは違うんだよな。顔が良ければセックスはしたいと思うんだが、お話しするにはやはり中身が大事です。知的レベルというか、どんな話題を楽しく思うか、どんな話題をつまんないと思うのか、感覚の世界ですが…恋愛はセックスだけしてても続きません!!!セックスだけの関係だと、ほんと3回も抱けば飽きますからね。もう会いたいとか思わないし。優しくしようとか思えない。それなのにもっと会いたいだの、最近冷たいだのと言われるとそれがトドメになっちゃう。そんな感じですぐ別れてしまうのです。だいたい1〜3ヶ月ぐらいで別れるハメになる。セックスしかすることないとしんどいです、本当に。

さて、恋愛をはじめるためには顔など見た目が、恋愛を続けるためには中身やフィーリングが大切というのが見えてきました。当たり前かもしれないんだが、この歳になってようやく実感として理解できました。中身はねえ。歳と共に成熟する面もあると思うけど、見た目はねえ。老化と共に確実に劣化する訳でして。これもいつまでこんな真似ができるのか…長く続く人と出会えれば良いのですが…どうせいずれはお別れになると思うんですよ。
(最近やっとようやく満足の行く相手と出会うことができました。話してて楽しい。一緒にいるだけで幸せ。こんな簡単なことなのに滅多にいないんだこれが。当分はこの子を離しません…大事に大事に扱う所存)

いやー長い。。まとめますと、結局のところ、俺は思い出を作っているんじゃねえか?と思います。人生の目的って良い思い出をたくさん作ることなんじゃないのか?ってね。クライミングで1級登ったぜ!とかすんごい可愛くて優しい娘と付き合ったぜ!とか、年収1000万超えてた時期あるぜ!とかよお。死の間際に「あー自分の人生はこんなに楽しくて良い思い出が沢山あるのだから無駄じゃなかった…無駄じゃなかった…」とそう思いながら死んで行きたいのかね? いやーそれも虚しいですね。。そんなもん認めたくないわ。ペリリュー島で死ぬまで戦った兵隊に何て言い訳するつもりなんだ?かといって、認知症になったらそれすら無理だけどさ。良いも悪いも全て忘れて何だかよくわかんないまま、曖昧な意識の中で眠るように死ぬのだろうからね。結局人間は死ぬとみんな無に還るんだから平等化されるんかね?となると認知症になるまで長生きすることが人生の目的なのかね?それは感情的に認めたくないような感じだが…

このシャカの流す涙に応えられる人間がいるだろうか。いや、いないだろう。

どんなに積み上げても、全て死が覆いかぶさって何もかも虚空へ持ち去ってしまう。それなのに何故生きるのだろう?何故頑張るのだろう?どこまで登り詰めてもそれは一瞬のことで、得意だったこともできなくなり、頑張ってできるようになったこともいずれまたできなくなり、できなくなったことに苦悩する…それは確実ではないか?ならば、一体なぜ…?

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