万引き家族

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いやはや、、最近は忙しくて健康状態も悪く、更新も滞りました。1ヶ月半ぶりの更新です。。忙しすぎると世の中のことがホントどうでもよくなってしまう。働いてプライベート回すだけでも十分時間は足りない。今週末はようやくどうにか時間を作って映画を観て久々にレビューでも書こうとしているが、何しろ久しぶりなもんで、何書けばいいんだっけ?という感じである。

それはそうと金曜日には会社命令で有休取らされて朝8時に品川まで行ってバリウム飲んだり色々してきたんですよ。肺のレントゲンとか心電図とったりとか。何と全部異常なし。もう数ヶ月は腰が痛くて業務に支障をきたしている上に、一週間おきに原因不明の発熱があるんで俺も「そろそろかもしれん。。」と覚悟していたにもかかわらず。とはいえ、毎回検査で引っかかるのがコレステロールと尿酸なんで、後日また色々言われるのでしょうが。。。

で、バリウム飲む例の胃の検査自体はもういいんだが、終わったら下剤渡されて「今日はお酒飲んじゃいけませーん」と言われちゃうわけでしょう。

途方にくれたね。
午後も休みとってたからさ。お腹ピーピーで仕事できないでしょうから、午後も休みとったのは正解だったんですよ。でも時間が余って何すればいいんだろう。。?まあ帰ればいいんですよね。疲れて疲れてしんどい毎日な訳ですし帰ればいいわけだ。お腹も下してるし。眠ればいいわけだ。でもなんとなく渋谷まで来たんすよ。朝飯食おうかと思って。で、たまたま通りがかった映画館で「万引き家族」をやってたわけで、時間もちょうどよかった。けっこういいタイミングでしたね。あと30分上映開始が遅かったら「もういいや」と思って帰ってグースカ寝ていただろうな。まあ、下剤飲んで腹下してるのに映画を観ようというのも英断かもしれませんが。疲れてるとそんなのどうでもよくなっちゃうんですよ。というわけでみてきました。(前置きなげー)

映画自体はなかなか面白かったですよ。昔観た「誰も知らない」そっくりの映画だな〜主演の男の子の顔もそっくりやな〜と思ったら監督も同じ人だったんでビックリしましたね。監督にとっては何度でも主張したいことなのだろう。貧乏で割食うのは常に子供ですから。この悪魔の飽食大日本帝国には貧困に苦しむ気の毒な子供が山ほどいるんすよ。例え新聞に取り上げられなくとも。ツイッターのインテリ上級国民には理解不能だろうが。

僕も棄民問題に関心が向くというか、そういう世の暗部ばかり気にして生きてますからこの映画も興味深く観ました。というか「俺をオブザーバーとして雇えよっ!」って思ったぐらいだった(嘘)。最近は貧乏な家庭を訪問してお話し聞いたりとか、そういう仕事もしていますから。東京都某区は日本有数のナマポ受給者大量備蓄地区でして、我が神国NIPPONの貧困のなんたるかについては俺も色々と体で理解していますからね。

こういう映画の問題点は、メインとなる映画技術者集団が福祉や医療の問題について、聞きかじった程度の知識で脚本を構成してしまうことだろう。制作陣にブレーンとして医療や福祉の専門家を是非雇って制作者会議とかに参加させるべきだと思うんだが、ひょっとしたら俺がいうまでもなくしてたのかもしれないのだが、「福祉」の描き方が実に微妙である。単なる悪役になってしまっておるぅ。。。

「貧困」の描き方一つにしても、やや現実離れしていると感じた。これは無論批判ではなく、こういうお話なんだからキャラがこういう風に人道的な悪党になるのもやむを得ないかもしれない。しかし、少女の両親が貧困にさらされ我が子を虐待する中、どうしてこの「万引き家族」は血の繋がりもない他人にただ飯食わせて優しくできたのか、という人間社会の根本的な矛盾を説明できていたとは言い難い。優しい人たちだったからなのか?説明はそれで終わり?リリー・フランキーとか優しそうだから優しくても違和感がないんだが、映画を読み進めて行くと決して単なる善人では無いわけである。各登場人物の家族愛に飢えている描写、他人だからこそ期待せずにすむ、というセリフなど一応の説明はあるものの、こういうのは理屈では無い。困窮すると人は人に優しくなど絶対にできないし、子供は常に虐待を受ける危険が付いて回る。なぜ、リンちゃんが実の両親からは虐待を受け、「万引き家族」からは虐待を受けなかったのか、貴方は説明できるだろうか?これが説明できたらそいつはノーベル賞をもらえるであろうし、人類社会はもっと住み良くなるだろう。

ワタクシも最近は貧困のなんたるかについて知る機会が多いわけである。何しろ仕事だからね。だいたい貧乏人は精神や知能や体に障害を抱えておりますし、家族間の人間関係もグチャドロである。虐待がいかにして起こるのかって部分も何度も目の当たりにしましたんで、言いたいことも一つや二つでは無い。最近読んだ本から引用しますと、「最貧困女子」というルポタージュがありまして、それによれば「貧乏」と「貧困」は違うというのである。「貧乏」は金がないだけだが、「貧困」は金が無いのはもちろん、地域とも家族とも縁が切れた状態だ。我々の業界では「ブラックアウト」ともたまにいうのだが、例えば独居の精神障害者がナマポを受給するでもなく病院へ受診するのをやめ、医療や福祉の目が完全に途切れた場合も「ブラックアウト」にあたる。誰も彼が今何をして生活しているのか把握できない状態。誰にもどうすることもできないんすよ。彼が何か犯罪や問題行動を起こし、警察が駆けつけて初めて再度医療や福祉の目が入るわけなんだが、その頃には誰か関係ない人が傷つけられている可能性があるし、その彼自体も次は生きて発見できるとは限らない。日本の国は、割と本気で貧乏な人には救済の手を差し伸べるが、中途半端な貧乏、「助けてくださいと叫ばない貧乏人」は放置するのである。その結果、忙しくなるのは警察だ。困窮すれば人は例外なく犯罪を犯すからである。

つまり、心身に病を持ち、貧乏で困窮してる上に「福祉にどうやって助けを求めればいいのかわからない人々」はけっこう悲惨な生活となる。「地域に友人や頼れる人がいない人」もけっこう悲惨な生活となるし「家族間の仲が悪い人」も悲惨だ。「万引き家族」はまだしも家族間の仲が良かった(なぜ仲良くできたのかは不明なままだが)から、なんとか「貧困」ではなく「貧乏」に踏みとどまれた訳である。なぜ家族が仲良くやれていたのかはこの映画のミステリーそのまんまの部分で、様々な解釈があるだろう。何度も映画を観てみんなで議論すれば良いのではなかろうか。そういう意味ではとても良い映画である。