ラッカは静かに虐殺されている

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渋谷の「アップリンク」というミニシアターで観賞。
2011年より8年目を迎え、40万人もの人間が死亡し、なおも継続しているシリア内戦についてのドキュメンタリー。
いまやシリア内戦は戦後最悪の人道危機と言われる。

シリア内戦に関して、日本のジャーナリズムがいかに無為・無策かは説明の必要さえないだろう。あまりにひどすぎる。我々はシリア内戦に関して何も知らない。ろくすっぽ情報を与えられず、考える機会さえ奪われている。これほど残忍な内戦は人類の歴史をすべて遡ってもほとんど無かったのに、だ。日本のメディアは総理大臣の悪口のほうがよほど大事らしく、国民は何が起こっているかわからず関心もない。ワタクシはシリア内戦の全貌についてどうなってるのか知りたい、と強く思っているのだが、全然メディアは特集番組を組まないし、良い書籍も少ない。インターネットでWikipediaを読むのが関の山なんだが、読んでてもいまいち要領を得ない感じだ。複雑すぎるし、現在進行形の内戦ゆえ情報の検証が難しく、真実を確定できないからである。


また、日本のメディアは「残酷すぎる」とコンテンツとして自粛する傾向にあるのは周知の通りだが、その点シリア内戦の残忍さは折り紙つきである。「俄かにこれが全てこの通り本当だとは信じられないし信じたくない感じ」である。というわけで情報が少ない中、シリア内戦に関するドキュメンタリーがようやく日本上陸だ。アップリンクは他にもシリア映画のドキュメンタリーや劇映画を上映し、いわば「シリア内戦フェア」を開催しているらしい。要注目だ。

この映画「ラッカは静かに虐殺されている」だが、(原題は「CITY OF GHOST」)スマホを持った市民が戦後最悪のテロ組織「イスラム国」に占領された「ラッカ」における恐怖政治の実態について告発する姿を追ったドキュメンタリーである。監督はメキシコの麻薬カルテルと警察の壮絶な死闘を描いた「カルテル・ランド」のマシュー・ハイネマン氏

シリア内戦は(今の所)ざっくり三つの段階に分岐する。
Ⅰ.反アサド勢力による平和的なデモを、政府軍がテロで鎮圧し、内戦に発展した段階。
Ⅱ.2014年にイスラム国が旗揚げし、シリア内戦に介入を始めた段階。三つ巴の内戦となる。
Ⅲ.国家としてのイスラム国がほぼ消滅し、内戦がアサド政府軍を支えるロシア・イランと、反政府軍を支えるアメリカとEUとの代理戦争に発展した段階。雨後の筍のように各所の過激派も内戦に介入しまくる。⇦いまここ

このドキュメンタリーは↑の2番目の段階を描いていて、イスラム国の消滅までは網羅していない。だが、大変よくできている。とんでもなく緊迫感のあるドキュメンタリーで、まるで劇映画を観ているようだった。編集がテンポ良くてうまいし、大変観やすい。

ラッカで普通に暮らす市民が、ラッカの惨状を世界に発信しながら狂気のテロ集団「イスラム国」と戦う。
イスラム国はプロの映像エンジニアを多数雇い、ハリウッド映画並みにスタイリッシュなプロパガンダ映像を山ほど作り、イスラム国の勇敢さや、理想的な市民の暮らしをプロパガンダするのだが、実態は真逆もいいところであった。繰り返される公開処刑、困窮する市民生活、インフラの崩壊、欠乏する食料、飢餓、疫病、子供への異常な思想洗脳……まさしく「北斗の拳」のゴッドランド状態。

あらゆる情報は統制・制限され、勝手に外国と関わりを持とうとする市民がいれば容赦無く銃殺刑。戦後最悪の…いや、ロシア革命勃発直後の冷酷なコミュニスト達を連想させる直球な恐怖政治。まさしくトロツキーの言葉、「脅しは政治の強力な手段である」を実践する過激派集団だ。現にイスラム国は、世界中のテロ組織(例えば「アイルランド共和軍」など)からその戦い方や組織体制の在り方を真面目に勉強して組織づくりを行なっているのだという。メンバーの中には旧フセイン政権の軍将校や秘密警察隊員、元アルカイダなども含まれており、民衆を支配するのにテロが最も有効だと知っているし、目的を達成するためには口だけではなく実力行使が必要だと理解している。

このドキュメンタリーではイスラム国謹製の趣味の悪い最低処刑映像や、実際の公開処刑を隠し撮りにしたショッキングな映像がけっこうな量収録されている。鑑賞要注意だが、これが世界で起きている現実だと惰眠をむさぼる日本人のお茶の間にこそ送り届けたい、と思ってしまった。特に最悪なのは幼児まで含む子供達をイスラム国の思想に染め上げ、銃を握らせて人を殺させている映像だ。ヨチヨチ歩きのぼうやが「神は偉大でちゅ!」などと言いながらアーミーナイフでぬいぐるみの首を切り落とす映像には怖気が走ったし、声変わりもしてないようなガキどもが後ろ手に縛られた捕虜を銃殺する映像には涙がこぼれそうになった。子供は恐ろしく純粋で何でもすぐに信じてしまう。世界中の紛争地帯で少年兵士が活用されている現実を思い出させられた。

ラッカで繰り広げられる悪夢のような現実を、命懸けでスマホで隠し撮りし、映像をトルコやドイツを拠点として活動する仲間に送り、世界にシリア内戦の残虐な実態を知らしめようと奔走する主人公達。「イスラム国」の度重なる脅しにも屈せず戦う姿は「迫真」以外の言葉で表現するのは不可能。まるでスピルバーグの「ミュンヘン」や、ポール・バーホーベンの「ブラックブック」を観ているかのような緊迫感だ。素晴らしすぎて言葉を失った。

ラッカは2018年現在、西側応援の民主軍によって解放されているのだが、皮肉にもシリア内戦の残虐性はイスラム国が消滅してから加速している。戦争は代理戦争の様相を帯びて激化し、政府軍が神経ガス「サリン」を用いて市民を虐殺すれば、アメリカやNATOが空爆によって「制裁」を加えてまた市民が多数死んでいる。アサド大統領率いる政府と軍とバアス党はロシアとイランの支援を潤沢に受け、微塵も揺らぐことなくいまだ健在。シリア内戦の地獄の状況に西側世界もびびって空爆以外の手は打てずにいる。内戦はおそらくまだまだ続き、お互いの全存在を抹消し尽くす勢いで今後も激化するのは間違いない。難民はますますドイツフランスへ流入し、欧州ではネオナチが活況を呈する。酷すぎる現状。関わりたくないのはわかるが、メディアにはもっとシリア内戦の報道を増やして欲しいです。総理大臣の悪口はもうけっこうなんでお願いします。