ME TOO

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ME TOO問題は全然興味なかったんだが、この記事を読んで思うことがあったので連ねたい。

仏女優C・ドヌーブさん、男性の「女性口説く権利」を擁護
http://www.afpbb.com/articles/-/3157935

「レイプは犯罪だが、誰かを口説こうとするのは、たとえそれがしつこかったり不器用だったりしても犯罪ではないし、紳士的な男らしい攻めでも違う」「誰かの膝に触ったり唇を盗もうとした途端に、男性たちは罰されて職場を追放されている」

「紳士的な男らしい攻め」ってのは意味がわからんし、たぶん誤訳だろうと思うが、要は女性の立場から伝統的なジェンダー観を擁護した形である。

「女性に声を上げさせようとする解放への働きかけが、今や逆に作用しており、人々に『正しく』発言することを強要し、それに同調しない人々を黙らせ、(新しい現実に)寄り添わない人を共謀者や裏切り者として位置づけている」

まあ、こういう意見が出るのは当然だろうと思う。『正しく』発言することを強要、という部分に関しては今の言論環境の全てに当てはまる。慰安婦、安倍政権、沖縄、ジェンダー、移民、愛国、捕鯨、温暖化、動物愛護……いくらでも当てはまる。

全体主義ウォッチャーとして、左右を問わずあらゆる独裁政権を調べてきたワタクシだが、今のこの『正しく』発言することを強要というのは、そうは見えなくても全体主義だ。アンタラたぶん違うというだろう。右か左か真ん中か、そんなもんはどこでもいいが、これは全体主義なんだよな。全体主義は異論を排除するためにテロを利用するのが常だが、日本人は即決裁判は嫌いでも、民衆法廷で袋叩きにするのは大好きだ。そこに大きな違いはない。全体主義は政府が主導するとは限らない。宗教カルトも陰謀セクトも、教義を植え付けるのにテロを利用する。今はSNSでカルトが群雄割拠している状況。アルファツイッタラーなるリトルチャールズ・マンソンが雨後の筍のように生え盛り、大衆を扇動している。彼らは容赦なく気に食わないツイートにちょっかいをかけ、晒し者にし、恥をかかせている。

全体主義はもともと一神教的要素を持つ。戦争に勝つためには多様性を認めるよりも一致団結する必要があったからだ。一神教を発明した国は世界史上でも覇権を誇った。一神教を持たない国は一神教を輸入して国を強固なものにした。日本は多神教の国だが、戦争中は天皇を親とする家族国家形態を作ろうとし、異論はテロによって排除した。帝政が倒れ、民衆革命の真っ最中だった中国は一致団結できず、日本に遅れをとる。ロシアやドイツは強固な国家、民族主義を神とした。

でもこうは言うものの、結局先の大戦で勝ったのは全体主義ではなく、自由主義陣営であった。民主主義と自由、多様性を認める体制が優った。そこで今度は多様性を認めよう、とすぐに全体主義に傾倒する無知蒙昧な大衆に自由や多様性を浸透させようとのムーブメントが流行っている。残念なのはこの啓蒙運動が「多様性を認めよう」という名のカルトに成り代わっているからだ。お利口さんで綺麗だが、現実味のない意見を述べ、それに従わない、反論する人々を馬鹿にし、見下し、排除しようとするのだ。これは結局のところ戦後レジームで、今のリベラル様は世界を焼き尽くした米英の黙示録的テロ空爆が産んだ筍だ。結局勝者の価値観に乗っかっているだけなのだ。

日本人が連合国の白人様の教義を崇める必要はないのだが、日本人はどうにもこうにも異人様に弱い。悲しいサガである。

このME TOO問題にしても、欧米の白人から盛り上がってきたムーブメントであるから、これをそのまま日本で当てはめようとしても無理な話だ。男と女が恋愛関係に陥るプロセスは、人間としての普遍的な部分もあれば、文化に左右される部分も大きいからだ。

日本の女の子はとにかく奥ゆかしいので、恋愛初期においてはなにもかも全て男がリードせねばならない。店選び、予約するのかしないのか、会話の運び、話題の選定、何を注文し、酒はどの程度飲み、会計はいかに割りふるのか…この店を出たらどうするのか、何時に会い何時に解散するのか、何もかも全部だ。これは試験なのである。女任せにしていては何にも進まず、まったく評価されず、二度と会ってもらえない。厳しい世界だが、一人前の男ならみんな不器用ながらも経験を積み、だんだん普通にこなせるようになって行く。

この辺をサクサク進めていて、僕は女性から怒られたことはないし、大抵お礼を言われる。(まあ、金全部払うからだと思うが…)

でもまあ、もちろん男の最終目標はセックスなので、何となく僕もそのゴールに向かって誘導しようと試みる。航海士の気分である。本日天気晴朗なれど波高し、だ。

女を興奮させるのに有効なのは酒と、座る席の適度な距離感(近過ぎても遠過ぎてもいけない)と、下品過ぎない程度のエッチな会話だ。恋愛の話の延長のような皮をかぶることもできるような、ほんのちょ〜〜〜っとだけエッチな話である。露骨な猥談は嫌がられるし、セクハラだと怒られるので、もうほんとにソフトである必要がある。それに場所にも気を使う。あまりに人目がある場所だと女は周りにとても気を使う生き物であるため、口説こうにもうまくいかない。人目のない環境を用意する必要がある。それは個室のある居酒屋であったり、カラオケボックスであったり、ネカフェであったり車の中であったり、映画館の一番後ろの席だったりする。その辺に無頓着では女心はつかめない。

で、エッチな話、軽いボディタッチなどを経て脈なしか脈ありなのかを自分の中で判定し、大丈夫そうなら(この判定にはある程度の経験が必要)キスをするという流れになるのだが、これも当然他人の目がないところにうまく誘導しないといけないので、ほんと気を使う部分は多岐にわたる。キスするにしても、唇から2、3センチくらい離れた場所で2、3秒停止する気遣いが必須(決して無理やり力づく唇を奪ってはいけない)。数秒考えさせるのだ。嫌なら女は顔を背けるし、手を唇の前に当てたり、「いやっ!」と言ったり、「それはちょっと」と拒否をする。拒否されたら「ごめんね」と一言謝って引き下がり、お会計して駅まで送って終わりである。帰ってマスかけばいい話。執着してはいけない。

キスいけそうじゃん、なんて思ってても拒否られることもあるし、ダメ元でキスしとくか、とやっつけでキスしたらオーケーだったという場合もあるので女心は度し難い。永遠の謎だ。

よしんばキスしても、そのままホテルに連れ込めるかはその時間帯にもよる。終電間近なら相手が帰れなくなっちゃうので、マナーとしてそれ以上追い込むべきでないし、キス以上はなんとなく進めない空気を出される場合もある、だからといって帰らせたらもうLINEの返事がなくなることもある。キスはさせてくれても「あの時は魔が差した」「遊びなんでしょ」「やっぱり彼を裏切れない」と言われた経験も本一冊書けそうなぐらいにある。

キスできたとして、女の子の目がウルウルしていたとして、これ以上何をするのかはあまりにお下劣なので何も書かないが、普通の男なら誰でも知っているところである。言いたいのは少しのエッチな話は必須であり、地球環境やトランプ政治の話ばかりしてても男女は深い関係にはなれない。これをいちいちセクハラだと言われたらたまらない。

このような、七面倒くさいプロセスを経てようやくセックスできるのだが、それこそセックスした後も女心は常に揺れ動いているので、常に細心のケアが必要だ。不安がらせてはいけない。常に200%の優しさが必要。これを怠るとあとで「セクハラだった」「無理やりだった」「レイプされた」「本当は嫌だった」と言われることになるだろう。

日本の国の中ではせいぜいこんなところ。

然るに、欧米ではどうなのか、というと、似たプロセスを辿るとは思うのだが、日本の国の場合よりも大幅に簡略化・効率化されていると推測する。私もいわゆる白人女性とベッドを共にしたことが何度かあるが、その狭い経験の中でいえば欧米女の積極性は日本女性の比ではない。普通にアイリッシュパブで一人で飲んでたら「あなた、イケメンねー、一緒に飲ミマショー」といきなり隣に座られたことがあるし(異人種だから美醜の基準が違うのだろう)、戸惑いつつも据え膳だからな、と仕方ない気持ちで二件目に誘うと「もうそういうのいいからサッサとヤッチャオおー!」とカラッとした、極めてカラッとした感じで近くのラブホに強制連行された経験がある。嘘のような実話だ。凄すぎると思ってしまったが、実に味気なく、つまらない経験でもあった。面白くない。おれは航海が好きなのであって、行為そのものには大して興味がないのだとわかった。

このような感じであるから、欧米の場合は、日本女性の奥ゆかしさなる概念は鳴りを潜めているのかもしれん。つまり、気がある場合は膝や尻を触ったり下品なジョークを言うまでもなく、向こうから攻めてくるのだから、控えめに誘導するだけですぐにベッドインできる可能性が示唆される。となると、日本でいうセクハラと、欧米のセクハラはまた随分基準が違うんじゃないかと考えられる。

ちなみに韓国女もとても積極的だ。似たような文化のようでいて、だいぶ違うようである。国籍が欲しいだけかもしれないが。

日本の女の子はなかなか本心を明かしてはくれないので、ある程度の強引さと、それでいてこじ開けずに済ます忍耐力と、相手の決心がつくのを待つ度量がいると思う。僕も女心に関しては一生涯修行せねばならないと感じるので、大したことは言えないのだが、この複雑なプロセスのどこにでも後からセクハラだと糾弾される部分はある。口説く権利をある程度は認めてもらいたいのは勿論だが、結局女が嫌がることを無理やりしてはいけないし、相手が嫌がってるかどうかを判定する観察眼が必要なのだ。

これは私見だが、恋愛の主導権が男にあったとしても、決断を下すのは常に女だ。女が決めるのを待つ、女が自分を選んでくれなかったとしても礼を言って引き下がる。金は全部払ってやる。そういう余裕が必要だ。これは大人の男の宿命だから諦めるしかない。嫌ならAVでも観てればいいのだ。恋愛は自由であるべきだ。他人が糾弾できる部分はけっこう少ないのである。

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