バルタザールの遍歴

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佐藤亜紀のデビュー作で、氏はこれで日本ファンタジーノベル大賞を受賞した。
ストーリーはメルヒオールとバルタザールという二つの人格…というか魂が一つの肉体を操るというもの。彼らはオーストリアの名門貴族で、第一次大戦後から第二次大戦前夜に至る激動の時代をシニカルにユーモラスに乗り切る。


こう書くと面白そうだが、その文体は異常なまでに高尚かつ硬質で、メルヒオールの一人称で語られつつも時々もう一つの人格(魂?)バルタザールが合間に入って来て一人(二人?)コントみたいなことを始めたりする。

時代の説明も全然なく、登場人物もかなり多い上に、会話の内容もとりとめもない。情景描写はとても少なく、ほとんどがメルヒオールの皮肉や愚痴だったりする上に、それがまたドストエフスキー的に病的で極めて独りよがりな回想だったりして、要するに極めて読みにくい。

小説は、スイスイ読める読みやすいものを「リーダビリティが高い」と評すのであるが、この小説はリーダビリティが極めて低い。ただし、リーダビリティが低いほうが文学賞などでは高い評価が得られることも多く、リーダビリティが高いからといって良い小説と認められるとは限らない。

個人的にはリーダビリティが高い小説が好きなんだが、どこからどう読んでもデカダンスに満ちた古い海外文学のリメイクのような作品で、日本人が書いたなんてとても信じられない。その芸術性の高さだけは間違いなく、この作者が紛れもなく天才なのも疑いない。これが29の頃のデビュー作というんだから死にたくなる。

ただ、読んでいて置いてけぼりを食らうことも多く、読んでいてこれほど進まず、苦痛だった小説もない。面白かったかときかれたらぜんぜん面白くなかったと答える。でも、この芸術的かつ退廃的かつユーモラスな文章は、この作家独特の恐ろしく完成度の高いもので、正直色んな人に読んでもらって感想を聞いてみたいと思った。

「ミノタウロス」も相当読みにくかったが、アレは一応置いてけぼりを食らうことなく最後まで熱中して読めた。

この作品は基本的に皮肉屋のオーストリア貴族が酒や女で身持ちを崩しつつ、ナチの台頭に翻弄されつつ、行き当たりばったりにやり放題やるというお話で、正直、物語的にも惹かれるものはまったくない。ザックリいうならこれは恋愛話?なのかもしれないし、なんだかわけのわかんない歴史小説でもあるのかもしれない。メルヒオールとバルタザールの性格の違いが話が進むにつれて浮き彫りになって行くサマはまあまあ楽しめるが、後半は特に展開がわかりにくく、かつそんなにスリリングな話でもないので重厚すぎる文体が足かせになっているようにも思えた。とにかく読みづらい。まるまる一ヶ月以上かかったし、後半はうんざりして流し読みしてしまった。

こういう小説を日本人が書けるし、高く評価した人たちもいるという事実には勇気づけられるのだが、大抵の評論家たちも、この作品を絶賛しつつ「読みにくい」ということを遠回しな表現で言っている。kindleでサンプルを読めるので、まずはそれを読んでみてほしい。サンプルだけでもあまり読書しない人はほとんど振り落とされるだろう。ましてや読破するのは相当に読書経験が豊富な人だけだろう。作者もどこかのインタビューでそのへんをはっきり言っていた。この小説は、正真正銘、読書マニア向けだ。しかも作者は自分の小説について来れない人種をハナから相手にしていないのは明らかで、軽く馬鹿にさえしている。超ド級のパンクアチチュードだ。明らかに商業路線には乗れない作品。映像化も無理だろう(つうか絶対売れないだろう)。そもそもこの作品のどこがファンタジーなのだろうか?これに大賞を与えた「日本ファンタジーノベル大賞」という公募の間口の広さに感心しきり。これ以外にもマニアックでみょうちくりんな作品が大賞に名を連ねている。

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