ミノタウロスー佐藤亜紀

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最近知った佐藤亜紀氏の2007年発表の作品。ここ数年で一番度肝を抜かれた作品だ。すごすぎる内容。開いた口がふさがらないまま一週間弱で読了。こんなに熱中したのは久しぶりだった。

おれにとっては今後間違いなく最も重要な作品となるに相違ない。極めてよく書けた小説だ。書いた人間は正真正銘の天才。こういうことがおれもしたかった……こういうニッチな鬼才が存在するなんて知らなかった・・・改めて自分の見識のなさと情報源の乏しさに恥じ入るばかりである。

ロシア革命前夜のウクライナで、成り上がり地主の次男坊として産まれた主人公ヴァシリーの視点で、革命による見知った世界の崩壊と、暴力の荒野に投げ出されたあらゆる人々の地獄絵図が描写されている。日本人作家の手による海「外」が舞台の「外」国人が主人公の「そとそと」小説だ。「そとそと」は商業ラインに乗せるのは困難で、大抵の作家が避ける題材。おれはここで何度も語っているが「そとそと」小説の大ファンなので、これは涎をすすりながら楽しく読みました。

この佐藤氏がすごいのは、綿密なまでのその時代の空気感の描写だ。まるで1913年のウクライナのド田舎を見てきたかのように描写している。この元ネタは各種の海外文学なんだろうが(多分ドストエフスキーの『悪霊』やバーベリの『騎兵隊』?)、相当歴史の知識も(おそらく研究者クラス)豊富で、その時代に流行っていた大衆小説や音楽など、カルチャーの知識も豊富なら、ウクライナのどん百姓がどんなふうに農作業をするのか、そういう農業の知識も非の打ち所がない。おかしいところあるのかもしれないが、大抵の読者はそれを指摘できないだろう。どうやって調べたんだろう…すごすぎる。。。

また、コーマック・マッカーシーの「ブラッド・メリディアン」の影響があるのかは不明だが、文体や描写が酷似している。といっても「ブラッド・メリディアン」が邦訳されたのは2009年だし、原著に影響を受けた可能性はあるが、付け焼刃でないことは氏のデビュー作をはじめ、他の作品を読んでも明らか。海外の名文学をどこぞの大学教授が翻訳したかのような格調高く、淡々とした文章。会話文にカギカッコがなく、一文が異常に長いところはマッカーシーそっくりだが、佐藤氏は主人公たちの行動や心情をフェティッシュに感情を排して書き込むタイプで、似ているようで少し違う(マッカーシーは偏執的に自然の描写にこだわる)。

そんなわけで、「ミノタウロス」のほうが少し読みやすいと思うが、読者のことを考えた、リーダビリティ(読みやすさ)みたいなものはほとんど考慮されていないと思う。場面の転換は唐突で、状況の説明は極めて簡素でそっけない。「え?今なんて言った?!」と戻って読み直し、目をぱちくりするのもしばしば。唖然とするほどあっけない。あと、主人公主観で会話文にも鉤括弧や改行がなされていない場面が多く、心情なのか台詞なのか、極めて判別しにくい。まあよく読めばわかるのだが(笑)。これは劇中のドライな空気を極限まで引き出すのに必要な処置と思われ、個人的にはかなり好き。こういうスタイルをとる作家は少ない。でも一般的にはかなり読みにくく、不親切に感じられるだろう。良くも悪くも読者にまったく媚びないスタイルだ。

革命によって帝政が崩壊したウクライナのド田舎で、もともとナチュラルボーンキラーな粗暴かつ好戦的な主人公が、動乱の最中、全てのしがらみを自ら焼き千切って暴力の荒野へと飛び出してゆく。そこでハプスブルク軍敗残兵ウルリヒと、少しばかりの仁義さえ持ち合わせぬコスい百姓のフェディコと三人体制の愚連隊を編成。馬車に機関銃を据え付けた「タチャンカ」を乗り回し、略奪強姦殺戮に明け暮れる。周りには赤軍白軍、ネストル・マフノ軍やオーストリア軍・ドイツ軍敗残兵、似たようなゴロツキや武装農民が暴れまわっており、その間を時には荒っぽく、時には知恵を絞って生き延びようとするお話だ。なかなか胸が躍る内容(笑)。ただし、歴史的な解説はほとんどなく、この辺りもかなり不親切。(でも解説文なんか読みたくねえわ)

目的もゴールもなく、殺して奪って生きのびることのみが命題の冒険譚。後半は飛行機乗りまわして傭兵稼業を始めたり、百姓娘との恋話、マフィア映画を思わせる復讐譚も挿入され『地獄から来た宮崎アニメ』といった調子の暴力とロマンに満ちたピカレスクの傑作だ。

タイトルのゆえんは、冷血暴力残酷悪徳の具現化たる主人公と、革命と内戦という残忍な時代に解き放たれた、普通の男たちの素のままの暴力性を象徴しているのかもしれない。

下らんしがらみで鬱屈していた主人公は、革命で秩序が破壊された荒野で、真の自由を得る。それは美しく胸躍る楽しい毎日。殺し殺され犯し犯され奪い奪われる毎日ではあるが、主人公の魂は完全な自由を得るのだ。時には大地に縛られ、妻をめとって子供を産ませ平和に農業をやる毎日をぼんやりと夢想したりするが、それは結局単なる夢想。最後の最後まで暴力暴力暴力の毎日で、主人公は気がついたら自分の身の回りの人間はすべて自分の手でぶち殺しているのだ。まさに破壊の権化。ミノタウロスというわけだ。

終わり方もまた潔く、そりゃそうなるわ、と誰もが納得する破滅っぷりで清々しい。女性がここまで正確に男という生き物を描けたのもまた驚き。なまっちょろいおぼこ娘の香りは欠片も臭ってこない。日本の腐女子は男を勘違いしてないでこういう小説から男を学ぶべきだ。

その歴史の知識同様、人間観察眼もまた超人的なのだ。この作者はまぎれもなく天才。おれが思うに、この国が生んだ至高の才能ではないか? 尊敬する人物ナンバーワンに躍り出た。こういうのをアニメ化してくれよ。。他の作品もチェキって参りたい。

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