富美加ショック 映画、CM大混乱 主演なのに宣伝活動が…企業イメージが…
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6229965
清水富美加のような元気そうな女の子は個人的に好きなんだが、華やかな舞台と巧妙に造形されたキャラと勝手なイメージの裏には様々なストレスがあったようだ。
色々汚い仕事をやるうちに病んでしまったのだろうか? そこに付け込んだのだろうか。恐るべきは『幸福の科学』である、、、一体なんなんだこの集団は?
「金持ってんだなあ、、、、、」
と、思ってはいたが、、、、
日本は宗教無法地帯だ。「坊主どもに大量テロルを行え!」と叫ぶ者は誰もいない。この期に及んで神だの仏様だの、曖昧模糊とした靄のような代物に大金を貢がせようとするいわゆる「新興宗教」が乱立する戦国時代だ。
「創価学会」もどこにでもいるし、さすがに「幸福の科学」だと公言する奴にはあったことないが。両宗教団体は、どちらも1000万人以上の信者を抱えていると強弁するが、ヴァーグ・ヴァイカーネスの極右団体が党員数をかさましするのと同様に、こういうのは数値を大きく言うのは当たり前の世界。
排気量22l/h。嘘つけ!
赤字だけど黒字です! 粉飾決算だろ?!
大人は数字を使って嘘をつく。覚えておきな。
まあ、それはいいのだが、おれは神や仏は信じない。お化けも信じないしゾンビも信じない。見たことないし、見たことあると言ってる奴はだいたい頭がおかしいように思えるからだ。
まだ共産主義のほうがわかる。
唯物論者である。
デカルト的二元論は信じない。一元論のほうが信じられる。
神の裁きが、、天罰が下るぞ!!
…と言われるよりも、
坊主どもに大量テロルを行え!今後数十年逆らおうなどと少しも思わないように、宗教指導者はすべて銃殺刑に処し、人民がまのあたりに見るように必ず死体を吊るすこと。
と言われた方が怖いし、状況も想像がつくし、テロルの動機も理解できるからだ。何より本当にやっちまったのは事実だし。天罰は聖書とかいう統合失調症患者の手記のような本にしか記載がない。キリスト教じゃないしおれ。つうか、この世に神様何人いるの?? 意味不明だし。と思ってしまう。
困ったときの神頼みというが、だいたい万策尽き果ててどうにもならん状況を指す言葉だ。日本人はもともと一神教のごとき強い信仰心はない。一神教は戦争で民を一つにまとめるために時の為政者がしばしば利用した枠組みだ。法の概念が生まれる前は神様のお言葉が道徳であり、規範であった。一神教には長い歴史があり、人々はそれに寄り添ったり、時には批判したりもした。そうやって自然科学が発展し、形而上学は骨抜きとなった。
おれも含め、現代人は教育のせいなのかメディアのせいなのか、唯物論的に物事を考える。魂だの霊だの神だのと、そんなもんがいるなら物質的に証明しろと要求するし、できなければ納得しない。日本人は皆ほとんどこうだ。清水富美加のごとく、目に見えない神だの霊だのを信じたい、という人間がいれば、すぐに正気を疑う。精神病だの洗脳されただの、すぐそう思う。実際は唯物論的に物事を考えない人もいるのだが。というか、唯物論という強力な洗脳を受けているのは我々かもしれないのであって、その洗脳を解くプロセスがあるなら宗教団体はもちろんそれを活用するだろう。そうでなきゃ信者は増やせないはずである。
自由を与えれば与えるほどに戸惑うのが女の子という生き物。神様がこう言ってるからこうしなさい!他のことは考えなくてもいいの!とナニのデカいやつが言ったらすぐ言うとおりにしてしまう。「幸福の科学」は明らかに胡散臭いカルトだが、神様だの守護霊だのという権威が、あたかも本当に存在しているかのように断定口調で物事を語る。自信たっぷりだ。自らの教義に自戒を込めるような謙虚さは皆無。この自信たっぷりな態度は、彷徨える子羊ちゃんにとってかなり頼もしく見える。教団は有名芸能人を使って自らを有効にPRし、信者を増やす腹積もりだろう。ファンは「入信すれば清水富美加に会えるかも?!」とか思って見学ぐらい行くだろう。そこをペロッと取り込もうと教団は涎を垂らして待っているのに相違ない。
宗教法人を標榜すればどんなデタラメな神でも崇めて良いって、それでええんか? だいたいこういうカルトはメンタル弱ってる奴とか、知能に問題がある人とか、精神病者を食い物にするのだ。野放しでええんか?