善と悪

シェアする

最近映画をめっきり観ていないが、おれは本来映画が好きな人間である。

保守的になっているのか感性が鈍っているのか、昔買った自分のお気に入りの映画のDVDはたまに観ることがある。今観ると新たな発見がある・・・ということは特にないが、若者だったころに感じた瑞々しい感動を思い出したりはする。最近は『戦場のピアニスト』を久しぶりに観た。

この映画はワルシャワで迫害を受けたユダヤ人ピアニストの伝記的なお話だが、監督のロマン・ポランスキーのクラクフ・ゲットーでの体験が重なり合って作り上げられた映画だ。

ワルシャワにもクラクフにも行ったことがあるんだが、ワルシャワは風情も何もない見所の少ない街だが、クラクフ旧市街は京都に例えられるような古都で、我が人生で訪れた都市の中でも、最も美しいと思えた場所だ。治安もいい。食物も美味で、ホテルは簡素だがオシャレ。オススメの観光スポットです。

ポランスキーはそんなクラクフにあったゲットーでの生き残りの一人だ。クラクフゲットーを脱出するとき、ポランスキーはとあるドイツ兵に見つかった。そのドイツ兵は「走らないほうがいいぞ」とだけ言った。映画の中でピアニストの主人公シュピルマンは、走って逃げようとするところをユダヤ人警察の意地悪なやつとして描かれていた男に「走るんじゃない!」と注意される。走ると目を惹くから却って危険であった。そんな空気があった。これはシュピルマンの書いた原作とは異なるのだが、ポランスキーの経験とシュピルマンの経験がクロスオーバーした名シーンだ。

他にも、ポランスキーは大胆に原作を改変する。シュピルマンを救ったドイツ将校ヴィルム・ホーゼンフェルト陸軍大尉だ。トーマス・クレッチマンが、無口でぶっきらぼうでふてぶてしいが、優しい心を持った人間として描写する。大尉がシュピルマンを発見し、ピアノを弾かせる。シュピルマンは逃亡生活で長らくピアノの演奏ができずにいたのだが、ここで数年ぶりにピアノを弾く。原作ではショパンの「ノクターン第20番嬰ハ短調」。ショパンの遺作だ。しかし、映画の中ではショパンの「バラード第1番ト短調作品23」だ。これは大成功だろう。この場面ではこの曲しか考えられない。加えてホーゼンフェルトの人物像だが、これも原作と映画ではかなり乖離がある。現実の大尉は言葉遣いも丁寧で物腰柔らかく、元教師で年輩の国防軍予備役将校で、ナチの民族政策にはっきり反対し、思想信条有能無能の区別なく、たくさんの人々を救った。あたたかい心を持った人物であった。

けれども、映画の中であくまで大尉はドイツ将校として高圧的で、ぶっきらぼうで、無口で、国防軍のジャーマングリーンの制服をビシッと着こなしている。

そんな大尉が、「弾け」と一言命令し、シュピルマンは人生で最期の演奏かもしれぬと上述のショパンを弾く。月光を浴びながら、静かに悲壮に熱く激しく。演奏をつぶさにみた大尉は言葉少なだが震えるほどに感動し、シュピルマンをかくまい、食べ物を与える・・。ドイツ軍が廃墟となったワルシャワから撤退する、その最後の瞬間まで。

別れの名残にシュピルマンに名を尋ね「シュピルマン……ピアニストらしい名だ」とだけ言い残し、にやりと笑って去って行く。一度も振り返らずに。

か、、、かっこいい。。。。我が映画人生で最も好きなシーンの一つだ。

原作は手記であって小説ではない。これに手を加えることができたのは、ポランスキーもユダヤ人としてホロコーストを生き延びた人間だからだろう。そうでなければ改悪!との誹りは免れないであろう。あの激動の時代を生存したポランスキーだからこそ、原作を変えても批判は受けなかった。それどころか称賛を受ける。それほどに、このシーンは涙を禁じ得ない、名シーンだ。原作を大胆に改変したからこそ、この映画は大成功し、カンヌでパルムドールを受賞した。

色々なホロコースト映画を観たけど、ゲットーの退廃した感じをうまく演出できているのはこの映画が随一だ。ポランスキーは当時のクラクフゲットーの様子を隅から隅まで覚えていて、この映画で再現したのだ。冷酷非情のナチス親衛隊や、ホロコーストの主力として機能した秩序警察官たち、ちっとも騎士道精神などない国防軍将校を描く一方で、意地悪で嫌われていたユダヤ警察に命を救われた皮肉な運命や、恐れるべきドイツ将校にかくまってもらい、その善を為した将校はソ連の戦犯収容所で非業の最期を遂げたという結末……すべてが美しく悲しく超絶の名作だな、、、、と改めて思った。その完成度の高さゆえに、原作を改変したなどと批判する者はどこにもいない。

善人だけが善を為すわけではなく、悪人のみが悪を犯すものでもない。人間はもっと複雑であり、いい人だと思っていたら唾棄すべし犯罪を犯したり、悪党だと思っていたら人の命を救ったりする・・・・それが人間の複雑さであり、尊さでもある。そう考えた時に、日本の映画やドラマの底の浅さ、一面的表面的にしか人間を捉えられぬ観察眼のお粗末さにはいつもほとんど年中ガッカリさせられている。このポーランド人みたいな奥深い人間像を描写できる日本人はどこにもいない。日本人は建前が何よりも大事で、人が心を持っているという事実を容易く忘れてしまう。

そしてこんな恐ろしいクソ素晴らしい映画を作ったポーランド人も、数々の未成年者への性的虐待でアメリカを追い出された犯罪者でもあるという事実・・・しかも裁かれていない。こんなところも含めて、人間って面白いなあ、複雑だなあ。。。。と思わされる。

善人ぶってお利口さんなことしか言わない人生なんて・・ふふん。つまらないね。

この映画を観たのは15年前で、場所は札幌のミニシアターだった。おれは確かまだ20歳で、公開日に観に行って、あまりに感動したのでパンフレットを買って読み耽った。DVDが発売されると何度も何度も擦り切れるほど観た。そして15年経った今も、当時とおなじぐらいの感動を変わらず覚える。『戦場のピアニスト』はおれにとって、そんな大事な映画だ。

↑↑
なにか一言メッセージでも残して行ってください