恐ろしい時代ー国家による略奪

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きょう日テレのニュースで、税金Gメンなる酔っぱらいと梅毒患者から編成される盗賊団によって、年金滞納者が略奪をうける映像が放送されていて、唖然としながらこれを観た。

日本テレビは終始公権力の忠実な僕として、お役人様を遠山の金さんであるかのようにその略奪行為を正当化して演出し、年金滞納者の人々をまるで反革命勢力であるかのように悪辣に演出していた。おれはこれを震えながら見た。

二年ぐらい前、苦学生だったころに滞納していた国民年金を遡って納税した。その額80云万円である。

おれは苦学生だったので、生活費と学費を稼ぐために仕事をしながら夜間学校に通っていたのだが、学生の間は学生納付特例制度というのを申請していたが、3年時にはどうやら昼間の仕事でほんの僅かばかりではあるが、多めに稼ぎ過ぎていたようなのだが、4年時には学生納付特例制度を申請したがその審査に落ちてしまった。しかも、落ちてしまったとの通知もなかった。おれは何も知らず最終学年で臨床実習に出るために仕事を辞めていて、年収ゼロに落ち込んでいたのだが、そのタイミングで国はおれを圧殺しようと牙をむいていたのだ。年金納付の延滞遅延は認められない。毎月2万円ぐらい払え、と。おれは一年ぐらいたってようやくこれに気がついた。督促状が来たからだ。就職したてで貯金ゼロのおれには当然払えず、無視するしかなかった。

ほどなくして、国が外部の怪しげな「債権取り立て業務」とやらを生業とする集団に、おれの財産を取り立てるように依頼したことを知った。

その電話やはがきはしつこく、就職したてのおれに何十万円という金を払うことは不可能であったが、何年か経ったころ、おれも懐に余裕が出てきたので、大学時代に納付特例制度で支払いを待ってもらっていた分まで遡って支払ったのだが、その額は80数万円に上った。軽く裕福な家庭でなければ、こんなもんはまず払えないと思う。特例ったって、支払いを待ってもらうだけで、払わなきゃならないことに変わりはない。借金がどんどん膨れている形だ。これに奨学金までもらった学生は、社会人出発の最初の最初から、国や大学に借金でケツを差し押さえられているような状況だ。その額が数百万に及ぶ人も珍しくはない。おれはそれをある程度分かっていたから、奨学金は死んでももらわないようにして、苦しかったが死に物狂いで働いた。・・・だから80万円で済んだのである。

日テレの税金Gメンには凍り付いた。これを正義の味方であるかのように演出するマス・メディアにも。まるで『警察24時』であるかのように演出されていたからだ。

税金Gメンはなんと、滞納者の家にカギを破壊して押し入り、家の中にある金庫や棚を物色し、差し押さえの名の下に略奪行為を働くのだ。警察や法律を盾にして、これは合法的行為だ。許可を得てやっている『捜索』なのだ。再三の警告にもかかわらず貴方は支払いに応じなかった、だからここで略奪を受けるのも仕方がないのだ・・・・と。

これは国家による略奪であり、1930年代のウクライナで見られた富農狩りを連想させる恐怖の情景だ。

まさに↑これだろ。何が違うの(^^;)?

この国は愈々ここまで来たのか・・・

しかも、富農狩りは表向きだけに過ぎないが金持ちを対象したのに対し、これははっきり年金も支払えないような余裕のない貧困層をターゲットにしている。白色テロ・・赤色テロですらない。。。。この国はここまで来た・・・すべては団塊世代を無事にあの世に送り届けるための血塗られた通過儀礼なのか・・こんな影を無視して強行されるオリンピックをはじめとした無益な公共事業、汚職、天下り・・・狂ってる。

なんでこんなことになっちまったのかなあ、、、一方では百歳のボケ老人を必死で国の金で生かそうとしている。心臓さえ動いていればいいと。金持ちが年金をもらい続けるために。治療費という名の不毛な医療行為によって、医者の腹の肉をたるませるために、可愛そうな老人を無限の業苦の中にとどめおき、医療従事者は死んだ目でこの人たちの胃に栄養を流し込み、注射を打ち、人工呼吸器をつけて無理やり生かす。

こんな社会が本当に正しいことなのだろうか? 一人一人がもっと当事者意識を持つことはできないのか? おいしくて綺麗なものに囲まれてれば他人の苦痛など知らん顔でいいというのか?? もっとみんな怒ってくれ。今度はなんだ? NHK代か? ニート税か?  子を産まない税か? 結婚しない税? 国に攻撃対象にされるのは、今度はおれたちかもしれないんだぞ!

ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。
けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。
けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、
そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。
そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。

— 丸山眞男訳、「現代における人間と政治」(1961年)