資本主義社会の問題点まとめ

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我々の理想郷、この日本社会は、世界で類を見ないほどの超絶資本主義社会の帝國である。白人社会と異なり、キリスト教など宗教からの倫理への介入が著しく弱いため、善も悪も歯止めがかからず極端に暴走する傾向にあると思うのだ。(その最たる例が日本のポルノ産業であろう)

そんなこの国で起こる悲劇は、気が付いたら資本主義社会が原因と思われるものばっかりになっちまってる。今日は資本主義社会の問題点を真剣に考えたい。

問題点①:欲望を管理できない

欲望を満たすことは資本主義社会では歓迎される。とにかく欲望そそるコマーシャルを街中やテレビに溢れさせ、金を使わせようとする。食え!買え!抱け!着ろ!世の中は命令で溢れかえっている。

欲望を満たすことは、いつでも必ず正当化される。美味しいもの。綺麗な服。高級車、高級時計……時には女を買うことだって「仕方ないよ。男はそういうものだもん」と正当化。金さえ払えばなんでも買えるんだし、と全ての欲望は正当化され、本来生きるに全く必要のない無駄食いに耽り、ぶくぶく醜く肥え太るのだ。

欲望をコントロールできないという状況を放置すると、倫理は退廃し、文化は衰退し、犯罪は激増する。皆が金が欲しくて人から盗む、奪うというのはまったく珍しくない行為となる。

問題点②:人権が軽視される

これは「金になること」が、あらゆる価値観の上位に来るからだ。弱者・・主に騙されてもわからない、被害にあっても訴えられない、精神病者、高齢者、子供がターゲットにされる。また、底辺労働者も解雇されたり、周囲に白い目で見られたりが怖いので、サビ残やらされたり給料ちょろまかされたりして、その「労働力」を収奪されるのである。雇う側は「雇用主にたてつく奴は面倒くさい奴」という空気を醸成し、底辺労働者同士でお互いに監視させるだけであっという間に「リトルアフリカン(=植民地)」を作って無限に甘い汁を吸い続けられる。

国も同様。「お役人にたてつく奴は面倒くさい非国民、クレーマー、ちょっと変な人」という空気を演出すれば、愚民の血税は自分の財布とほぼ同じ。役人は限界知らずに汚職を繰り返す。国民はこれら吸血鬼に使役され、収奪され、気が付いたら奴隷となっている。

ポルノ産業、性産業も同様。金になるんなら知的障害のアレな女をだまくらかして女郎小屋に監禁し、その若さと肉体を収奪し、時には覚せい剤を使用。病気になったり歳を取ったら用済みなんでゴミ箱行き。女から奪った金は一部の特権階級を肥え太らせるのみに終わる。何も生み出していないのだ。

問題点③:金にならないものを、誰も生産しない

伝統芸能、少数意見、マイノリティー向けのあらゆるアレコレ、、、、文化とは多様であればあるほど豊かであり、色んなものが受け入れられるからこそ、素晴らしく、奥が深く、様々な人が価値観をわかちあえる。しかし、資本主義はいつでも大量に売れる金になるものしか生産しない。

映画をみよ。

愛、夢、希望、恋、美しいもの、きれいなもの、見目麗しいもの、

かたや暴力、エロ、グロ、意識高い前衛的試み、一風変わった主張・・・

いろいろあるように見えるが、結局これらは金を生み出すことを前提に作られたのだ。「シン・ゴジラ」だろうが「君の名は。」だろうが、人を大量に動員し、金を儲けるために作られたのである。金を儲けるためには、思想を単純化し、サルにでもわかるよう情感に訴えるような表現にするべきなのだ(皮肉にもこれは独裁者の大衆扇動法とまったく同じ)。その結果、この世は似たような映画にあふれた。テレビドラマもアニメも漫画も同じ。似たような主張、シチュエーション、キャラクター、表現、音楽、、、

なるべく大多数の人間に受け入れられ、彼らから金を奪う。そうやって一部の特権階級が肥え太り、弱者が蹂躙される足がかりができあがる。

日本は特に、金になるとあらば似たような物語、同じ俳優、同じような絵柄に同じような演出を延々と繰り返す。「毎度同じ」ということに安心感を見出すという、年寄りの特性を巧みに利用し、たいして努力もせずに似たようなコンテンツを量産してなるべく安く作って高く大量に売ろうとする。その結果もたらされるのは、文化の荒廃である。今この国はそのドツボにハマっちまっている。

問題点④:人を蹴落とし、人から収奪することが正当化される

競争社会であるから、自分が努力して弱者を蹴落とすことはむしろ称賛される。学校などは野蛮な場所であるから、文字通り体の強い個体が弱い個体を嬲り殺しにする。強い個体は社会に護られ、弱い個体の死は無視される。

競争だから仕方ない。これがないとみんながんばらない。みんなそう言う。それは確かにそうだが、競争というのは平等という下地があってこそ成立するのだ。開始地点から人間には差がある。性別の差、親の経済力、障害の有無、生まれつきの容量の良さ、体格の差、知能の差、こういったものをケアせずに無秩序に競争させれば、それはヒトラーが夢想した無政府状態の弱肉強食の森と同じである。

競争だから仕方ない、という言葉は、弱者は強者の養分となって大人しく死ね、というナチズムと同じと自覚すべし。

問題点⑤:余剰資産のはけ口を求めて無限に資本が流出する

とにかく大量生産をする。作って作って作りまくって、、でも全部売れないから余るよな?だって世の中は貧乏人が大多数なんだから、そんなにたくさん作っても貧乏人は金ないから買えないわけでしょう。すると、金持ちはその余剰資産のはけ口を求めて、販売範囲を拡大する。区をこえ、市をこえ、県をこえ、国をこえ、海をこえる。貧しい国で現地民を安く使って安く作り、その奴隷どもに大量に高く売りつけようとする。利益は特権階級が一人占めし、労働者の給料はなるべく安く抑えるのが会社が利益を出すための基本。奴隷化された細民は大量生産された商品を買い切れないので、特権階級はまた資本のはけ口を拡大する。地獄は無限に広がる。革命の輸出なんてこれに比べれば生易しいものだ。「ダーウィンの悪夢」というドキュメンタリーを見ろ。

問題点⑥:特権階級は犯罪を犯しても平気

金を大量に支払うことで保釈金を積んですぐ出てきたり、悪徳弁護士を雇って無罪を勝ち取ったり、マスコミに手を回して自分に有利な報道をさせる。全部金のみがこれらを為すのだ。一等地に別荘を構えてほとぼりが冷めるまでそこに隠れたりもできる。金は罪を犯しても自分を守ってくれる。

日本はこれら特権階級の犯罪に異常に甘い。保釈金を積めば覚せい剤やってもすぐ出てこれてしまう。また組織犯罪に異常に甘く、違反を犯した企業があっても、経営者が逮捕されることは滅多にない。ゆる~~~い業務改善命令・勧告が出るか、下っ端の社員が身代わりとして出頭させられたりする。暴力団と同じだが、実際暴力団が経営していることも多い。

ブラック企業がなくならないのは、国とこれら人権無視企業が基本的に協力関係にあり、どんな人権侵害が行われ、サービス残業が常態化していたとしても、国は見てみぬふりをするだけだからだ。労働基準監督署なども、単なるお飾りで実行力は皆無。お飾りに愚民は税金を払って養い、企業から収奪されても見殺しにされる。

子供たちはこのような「悪が生き残る社会」を冷然と眺め、この世に絶望し、その結果活力のない社会となる。

問題点⑦:金持ちのみが女を囲う

女は金さえあればどんな悪人にでもなびく。悩んだり焦らしたりするふりはするが、結局のところ金のある男と寝る。それが安全に子孫を残しながら自分の身を護る唯一の法なのである。

どんなに社会が進歩したように見えたとしても、女は妊娠すると仕事ができなくなる瞬間が必ず訪れる。それを仕事を持った女であろうと、持ってない女であろうと、同じことである。

そのため、自分の代わりに生活費を稼ぎ、食べ物を運んできてくれて、あたたかい住居を提供してくれる男に身を捧げ、公的な専属売春の契約を結ばねば女は生きていけない。だから女は金持ちとしか恋愛しない。これは本能であり、責めることはできない。国や因習もこれを保証してきたのだ。

金のない男は金持ちのおこぼれにさえあずかれない。妊娠を控えた女は、絶対に金のない生活力のない男に身を明け渡さないからである。しかし、上記の如く、金のない男は特権階級に収奪され続け、いつまでたっても結婚するための資金を稼げない。社会は消費を促すコマーシャルに溢れているので、貯金もできない。女を求めて犯罪を犯す貧乏人がちょくちょく現れる。ますます社会は貧乏人を毛嫌いし、社会から排除しようとする。

結果として、金持ちのみが女を囲う。でも子を残せるのは一人だけなので少子化が進む。少子化が進めばその結果は……皆さんがいま見ているこの光景です。

結論……なぜこんなことになるのか?

それは、結局のところ、金持ちは生まれた時から金持ちで、儲けた富を手放さず、労働者に還元など絶対にしないからだ。自分の子孫にのみ資産を受け継がせ、どんなバカガキでも生まれた時から特権階級としてこの世で収奪する側に回ることができるからだ。彼ら資本家二世三世は、生まれた時から金があるので、金がないと人間がどうなるか、ということが想像できない。金のために人々が身を粉にして毎日労働する過酷さが理解できない。それは、情け容赦なく収奪することへと繋がる。収奪され続けた人間がどんな不幸な目にあうのか想像できない分、手加減をしないのである。人間は、生まれた時から金を持っていると、弱者を慮ることができないのである。よって資本主義社会は続けば続くほど腐敗し、退廃し、不平等さは限界知らずに広がって行く。(会社の創立者などは案外人道的だったりするのだ)

冷酷な特権階級たちは、同じ特権階級と戦ってもリスクを背負うだけなので目もくれず、細民に目を向け、彼らの乏しい資産や労働力を収奪し、私服を肥やして子孫や情婦にだけ分け与えるのだ。これが延々続く。それが我々が住む資本主義である。

以上のように、自然と経済力によって人間に階級差が生じ、価値ある命と価値なき命に二分されて行く。価値ある命は、なにかと理由をつけて価値なき命を抹殺しようとするのだ。その甘い生活が価値なき命から収奪した結果であるにもかかわらず、、

此の世で正しいのは共産主義だけである。階級闘争が必要である。階級闘争は絹の手袋をはめては行えない。階級闘争は愛にあらず。敵を叩き潰すためのハンマーである。革命は銃殺なしでは行えない。Twitterでピーピー言っててもまったく駄目。この社会の矛盾をただすには実力行使しかないのだ。労働者の手によるテロルが必要である。大衆の不満はいずれ噴出し、情け容赦ない革命へと至るであろう。

・・・というのがまあ、歴史上の革命指導者たちの主張である。

最近では、新左翼とでもいうのか、トマ・ピケティ先生は無論、暴力は肯定しないが、格差が世代を重ねるにつれて無秩序に広がって行く、ということを言っていた。昨年全米でベストセラーになった本に載っている。おれはわざわざ5000円も出して買って読んだが。

(↑の本は、世代を重ねるにつれて、格差が加速度的に広がって行く理屈を、歴史上の統計を用いて証明しているだけの本。結論だけ知っていれば読む必要はない)

おれは資本主義社会が大嫌いだが、資本主義社会で生きる以上、金を稼いで生き延びなければならない、とは思っている。だからがんばってお金を稼ごうとしている。他者から収奪しているつもりはないが、ひょっとしたら日本という資本主義帝国に納税をするという形で加担しているのかもしれない。

そんな現実を考えると、何もかも嫌で死にたくなる。こういう社会で生きねばならない自分が、本当に嫌いである。

この話に救いやオチはない。

欲望に歯止めをかけ、管理しなければ、この国に未来はない。伝統文化もじきに死ぬだろう。

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