無題(酔っぱらいの独り言)

シェアする

lenin

割とありがちなことだが、例えば去年の「マッドマックス」の新作や、今年の「シン・ゴジラ」のような映画を観て、つまんねえなあ、と思った時にどういうかといえば、大抵は周囲を見渡して、自分と同じ意見の人が割と多そうなら安心して本音を語るし、大絶賛以外に何の異論もない場合は、北朝鮮人みたいに「将軍様は偉大」としか言えない人も多いだろう。

我々も社会性というのか、閉鎖性というのか、ファシズム的志向(心理学的には『アドルノのF尺度』というのだが、権威に従属する個人の傾向のことだ)というのは、普通に諸外国と比べてもかなり強いほうであると思うし、おれは北朝鮮の人びとを見ていると、「ああ、我々はアジアの兄弟だなあ」としみじみと思うんだけども、つまんないと思った映画をつまんないと主張することさえ割と難儀するのが我々の置かれている言論環境だ。こう述べると北朝鮮との違いがいったいどこにあるのかと思うほど、我々は息苦しくて自由度の低い言論環境にいるのである。

ネットでさえ、好き放題いえるのは匿名掲示板か、捨てアカをヤケクソで運営している頭のおかしい感じのツイッタラー(だいたいアニメアイコン)だけでしょう?

おれは幸い、上で述べた映画は二つとも傑作だと思ったんですけど、例えば戦争映画の「史上最大の作戦」とかおっさんは無条件にマンセーするもんなんだけど(もう基礎的教養だといわんばかりに当然という顔で)、おれはこの映画が嫌いで、語らせたらかなりけなすんだけども、おれのように思っている人もちょっとはいるだろうと思うんだよ。怠い映画だもん。でもネットの海の中にさえあの映画をけなす人は多くないんだよな。むしろ「我が人生のベストワンよ」とまでいう人も多い。それはそれで、それが本音だというのなら仕方がないのだが。

多勢の意見と逆行するってのは、この国ではかなり勇気が要ることなのよ。「進撃の巨人」を批判できずにいた評論家も、そういう色々な大人の事情で逆行する勇気がなかったんだと思うのよ。

やっぱりブログとかサイトとかってのは、どれぐらい「そこでしかみられない独自性のある情報」を発信できるかにかかっているところがあってさ。それがないと、Wikipediaやアマゾンのカスタマーレビューで大抵の情報サイトは駆逐されてしまい、それ以外をみる理由は大抵どこにもないのである。これが個人で15年間サイトをやってきたおれの結論。個人でああいう巨大複合企業のまとめサイトに勝とうと思ったら、個人の強みを活かして「しがらみなしに本音を書く」ってところしかないと思うのよ。おれのところは多分つまんないものをつまんないと書いているから、信頼してくれる人もいるんだと思うのよ。

だから、つまんないものをつまんないと臆せず主張できる人って、大企業に対抗できる一本の屋になりうると思っているんですよ。もちろん、一人だから大したことはできませんけれども。

10年ぐらい前まで個人サイトが流行していて、それぞれの個人が愚にもつかないしょうもない本音をはきまくっていて、楽しかったんだけど、今はWikipediaだのnaverまとめだの、短時間で情報を取るタイプの効率性重視のまとめサイトに完全に駆逐されてしまったでしょう。で、Twitterではアルファな評論家がコマーシャルを垂れ流し、アルファ様がお誉めになっているからこの映画は批判できないズラよ、と百姓どもが勝手に自主規制をしている。それが今の日本の批評環境だ。

おれは常々言ってるんだけど、フォロワーは3人でもいいんだから、つまんないものはつまんないと断言しろよ! 3人しか見てないんだからビビらずにキッチリ本音吐きなよ、何を遠慮しているんだ?といつも不思議である。アルファ様と逆のこと言ったら馬鹿扱いする奴がいるからか?そんなもん全部無視しろ! つまんなかった理由を5000字ぐらい書き連ねて降参させればいいだろう、と思ってしまう。

人間は平等なんだから、アルファもフォロワー0も、同じ一つの意見として尊重されるべきだろう。誰が言っているかじゃなくて、何を言っているかが大事だろうと思うんで、おれは誰が何をぬかそうが、斜に構えて人の批評を鵜呑みにしないようにしているし、逆にすごく共感したり笑ったり楽しんだりすることもありますよ。

でも、大抵雑誌に載っている批評ってのはつまんないですねえ(おかげで雑誌なんてものを見なくなったのだが)。。しがらみだらけだし、おれも経験があるから人のことばかり言えないのだが、雑誌に載るからってところでお利口ぶってなるべく多くの人に受け入れられようと尖った意見を自主規制することが原因ではと思うのです。匿名のしょうもない落書きがおもしろかったりしますよ、、だから匿名掲示板って人気あるんでしょ?

こう考えると、ブロガーでもつまんないってちゃんと言える人って、すげえ少ないと思うんだよね(おれは前田有一さんはすごく好きよ。みんな叩いてるけど。叩くときもまわり見ながら意志も主張もなく叩いているでしょ? 炎上ってのはそういう現象でしょ?)。言えても「ちょっと微妙でした・・」とか、自信のない書き方だったりするし。「クソつまんなかったぁぁ!!!!」と絶叫できる人はかなり少ない。絶叫できる人は僕はすごく好きなんですぐにファンになっちゃいますけれども。息苦しい社会に、「息苦しいよ、クソッタレ!!」と絶叫することも、おれは同じことじゃないかなあ、と思うのであります。絶叫することでクソな社会が変革する第一歩になっているかもしれないでしょうが。武力革命路線を否定するんなら、言論で不満を言ってくしかないでしょうが。それさえしなくなったら、もうアレでしょ、ウィリアム・モリスのいう『底辺で卑屈な満足を見出した豚』でしょ・・・?

だから、ブロガーはもっと辛口になろうぜ、という話でした。それがひいては世界を変えるんだよ! そうでなきゃ、世の中は大企業のコマーシャルだけという、なんともアレな世界に・・・もうなりかかっているしな! そんな「ゼイリブ」みたいな世の中は嫌だ・・・万国の労働者は団結せよ(笑)

↑↑
なにか一言メッセージでも残して行ってください