アイアムアヒーロー 及第点のゾンビ邦画

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iamahero

これは一時期原作の漫画も好きで、よく読んでいたんだけど、この作者特有の童貞讃歌というか、負け犬どもの妄想のような都合の良いストーリー展開にまったく共感できず、そのうち読むのをやめてしまった。

おれがゾンビが好きで好きでしょうがなかったのは、せいぜい5年ぐらい前までであり、その時は「日本にはなぜ良いゾンビ映画がないのだろうか」と憤り、ゾンビ漫画を探すことで欲望を代替消費しようとしていた。そんな折、いくつかのゾンビ漫画にであったが、「皇国の守護者」の原作者である佐藤大輔氏の「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」という作品を苦虫を噛み潰すような思いで読んでいたのを思い出す。「アイアムアヒーロー」によく似た設定で、被差別階層のデブのキモヲタが銃器の扱いにだけは長けており(オタクだかららしい・・)、大活躍するのである。この設定に全くノれない上に、非実在従軍慰安婦のような巨乳の淫乱女が多数登場しては軒並み主役に勝手に惚れてハーレム化するという、昨今の日本文化を衰退に導いた金太郎飴のように工夫のないダメな設定がゾンビストーリーの中に組み込まれていた。ゾンビは好きだが萌えアニメに抵抗のあるワタクシは、イカの一夜干しを生クリームで食うかのような想いをしながら我慢してこの漫画をある程度読んだが、そのうち読むのをやめてしまった。

そして、いつしかゾンビのマンネリズムに飽き飽きしたワタクシは、ゾンビ映画自体をほぼ観なくなった。

ロメロの頃からゾンビには社会問題が風刺として取り入れられるものだが、日本のゾンビ漫画には決まってオタク賛美が付きまとうという妙な文化が根付いていて、「アイアムアヒーロー」に同じものをみたワタクシは早々にこの作品に見切りをつけたのである。

まあ、というわけで原作は15巻ぐらい?で読むのをやめた。続きも全然気にならない。しかし、この映画はなかなかよくできていると評判であったのでみた。で、結論から申し上げればこれは及第点で、日本ではじめて登場したまともに観れるゾンビ映画といっていいだろう。

特に前半の世界が崩壊する臨場感が素晴らしく秀逸に再現されており、原作のスピード感をも容易に上回っていると思う。ゾンビの動きの気持ち悪さ、ビジュアルの醜さも妥協なしでなかなか良かった。原作の改変も積極的に行われていて、不満もあるが酷評するほどではない。これは日本映画としては脚本もレベルが高いと思える数少ない例である。

特にカーアクションが素晴らしくて、人間が車に轢かれる映像がこれほど盛大に短時間に、豪華なフルコースのように盛り付けられている映画はあまりないだろう。ハリウッドや韓国アクションにも全く引けを取らないプロの仕事。この映画でアクションを担当した人間がゴジラを撮れば良いのに、と思ってしまった。

ヒロミちゃんと出会ってからは急速にテンションが降下する上に、ヒロミちゃん物わかり良すぎ、状況受け入れンの早すぎ、おっさんに心許し過ぎ、、、とリアリティにかなり問題があるのが気になるが、あまりダラダラするでもなく次のパートのショッピングモールの場面に行くので、まあ良い。

ゾンビとショッピングモールの親和性については、今更語るようなこともなく、既存の作品を観てくれとしかいいようがないが、特に驚きもない原作通りのストーリーでことがはこぶ。

こう見ていくと、世界が崩壊して結局ショッピングモールに立てこもるという筋書きは、全く目新しいところがなく、既存のテンプレートの単なる焼き直しだが、普通は市民が銃を所持できない、などの日本特有の事情がうまく取りこまれて新鮮である。なぜ今までなかったのだろうか? 日本ではゾンビは一部の変態が好む素材、、、というイメージが長らく定着していたためかもしれない。ゾンビなんか好むのはオタクだけだった。だからオタクを活躍させるという荒唐無稽が真顔で語られるようになったのかもしれない。

大泉洋ははまり役で、原作のイメージを一切損なわない良い仕事。長澤まさみは、状況の割に美しさを保ちすぎていてご都合主義が透けて見えるが、まあひどい・・と絶句するほどではなかった(これは誉め言葉である)。

上記のように、おおむね好評なのだが、多分みんな思ったと思うが、この映画の難点はヒロミちゃん周囲の設定や演出の雑さにある。ヒロミちゃんがあまりに性格が良すぎる上に、状況に順応する早さも非現実的である。風呂にも入れぬサバイバルを何日も続けているはずなのに、髪がいつまでたってもサラサラなのもおかしいし、服も肌もまったく汚れないし(大泉洋は髭がぼーぼーに生えるのに。。。)、これはいわゆる「事務所の意向」なのかと思うと、白けるモノがあった。それに半ゾンビになる設定も、原作では重要なのだが、この映画を観ただけでは何の必然性があるのかわからない。ステゴロが強くなるという設定にも何の意味もなく、後半になっても見せ場一つない。これは思い切ってヒロミちゃん自体を省くという勇気が欲しかったかも。モールでの極限状態でも、お地蔵さんと化したヒロミちゃんを護るためにみんなが自然に力を合わせるのも不自然である。普通は見捨てて逃げるであろう。どうしてもヒロミちゃんを見捨てない主人公たちの動機づけも弱すぎると感じた。なんで見捨てねえのかなあ、と首をかしげてしまった。

まあ、不満はあるが、ゾンビが好きならとりあえず観ておいた方がよい一作だ。

ワタクシがこの原作で気に入らないもう一つの要素として、ゾンビ化することが人間性を貶める手法に成り下がっていることであり、おそらく被差別階層(=オタク)として苦しんだ作者が、リア充っぽい人をゾンビ化させて、それをこれ以上ないぐらい醜くみっともなく描き、容赦なくその元リア充のゾンビを虐殺することで、普段ムカついているあんな人々やこんな人々に復讐しているという構図が見え隠れしていることである。これははっきり言って卑怯な表現だと思うし、作者の人間性の卑劣さを暗示させ、不気味である。この映画では、その不気味な演出が原作ほどひどくはなかった、、という点も好印象だ。ゾンビにおかしな思想を持ち込まない、というのはとても大事。ゾンビはシンプルなほど面白いからだ。合体させたりとかしちゃ駄目よ。。。

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