書評-指の骨

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戦争を知らない世代の若手が書いた戦争文学小説だ。新潮文学賞を取った作品とのこと。


表現力はものすごくて、なんだか文豪が書いた歴史的な作品であるかのようだが、この作者様はワタクシとあまり歳も変わらないようである。

とかく戦争小説というのは、日本が舞台ともなるとカビ臭くなってしまうものである。かび臭いだけならまだいいが、妙に敷居が高くなってしまう。

というのもこれは大岡昇平の「野火」にそっくり極まる作品。はっきり言ってフォロワーと言っても問題ないはずの作品。もちろんその他の従軍記や資料も参考にしているはずだが、展開から雰囲気から描写までそっくりもいいところである。

それが悪いということはない。戦争に行ってない世代が戦争を描こうとすれば資料に忠実に書くしかないのだ。下手に誇張したり創作できない。それをネタにゆすってくるような連中がおるからねえ。そんなわけでこれはまるで「見てきたかのような」実録戦争文学だが、筆者は当然戦場経験はないはずなので、資料、特に従軍記など実際に戦場で体験したことを日記や記録に残したものをかなり読み込んで想像で書いたはずである。その内容自体はとても高尚で、ややナルシズムに満ちているのが気になるが、表現力も素晴らしい。一番下の兵隊にスポットを当てて、「将校は好かん」の戦争のハラワチズムが貫かれているのも好きだ。おれも将校は好かん。一番偉かったのは末端の名もなき兵隊だ。

基本的には「野火」とほとんど同じ内容なのだが、舞台はフィリピンではなくニューギニアだ。
ニューギニア舞台はすごく多くて、「総員玉砕せよ」や「行き行きて、神軍」「軍旗はためく下に」などが有名。だらだら続いた飢餓の戦場だ。戦記を読んでるだけでおう吐しそうになる。こんな馬鹿な作戦を立てた奴らのところにタイムマシーンで行って、100均包丁の威力を教えてやりたいぐらいである。

この小説は「野火」と同じく最初は野戦病院でのシーンが大半を占める。もっとも芋とられただけで入れてさえもらえなかった「野火」とは異なり、とてものんびりした優雅な病院生活である。周囲にはマラリアをキニーネで抑えつけるだけのショボい治療しか行われていないのだが、食料は豊富でのんびりと療養している。戦況には楽観論が広がり、今頃前線はもっと先まで行ってて戦いも終わってすぐ帰れるかもしんないぜえ♪とまたまたのんびり暮らす。昔のことを思い出したり農作業をしたり沢で釣りをしたり地元民と交流を持ったり物々交換したり、、、仲間はマラリアでどんどん死ぬが比較的に穏やかな死に方だ、、

まあ、ニューギニアの話でこんな話で終わるわきゃないと誰でも思うわけだが、後半一気に世界がちゃぶ台返しされる。前線から逃げ戻った敗残兵がこの野戦病院を通りかかり「もうここはとっくに包囲されてて転進するから今すぐここを出るべし。歩けないものは自決すべし」と手榴弾を配り始めるのだ(この将校をクビキリギリスに例えるのが個人的にツボ。クビキリギリスって知ってる?)。このシーンはなかなかの臨場感で、今までが天国だったのだと読者は主人公と共に悟るのだ。

手榴弾は川で魚を取るためにすぐ使用され、サンパチの木の部分はニューギニアは朝晩けっこう寒いらしく暖を取るために使用される。全ての物資が欠乏し虫に喰われながら行軍行軍、、友好的だと思っていた地元民もいきなりアメリカ製ライフルで撃ってくる。そのうち戦死者の遺骨代わりに集める慣わしだった指、、、火であぶるとタケノコのようになるらしいのだが、飢餓浮腫が出現した兵士たちにその肉を炙る臭いは暴力的な食欲を呼び起こす、、、、とまあ予想通りの展開。ハッピーエンドになるわけがないとお判りになることと思う。

我が国の戦争はアメリカや中国との戦争ではなく、兵站を軽視・・・というより無視し、兵の命をまるでトイレットペーパーのように浪費した日本史上最悪の国賊たる大本営軍令部・参謀本部のエリートたちと、百姓の次男坊とか貧困層との戦争であったと言っても過言ではない参謀将校の多くは東大出とか超絶のエリートだったのである。戦後作られた日本の戦争映画が大本営を悪玉として描くのは決して単なる水戸黄門ではない。彼らは忌み嫌われる仕事を実際にしたのである。確実に。階級闘争史観のように聞こえるかもしれないが、これがせいぜいの真実だと思う、、、、、

とまあ、こんなダイヤのクソのような硬い話になってしまうから、日本の戦争を文学化するのは大変に敷居が高い。これを避けようとすると戦争の楽しい部分だけをフィーチャーしたサブカル・ミリオタな親父臭い世界に突入してしまうし、それが嫌だと無理やり萌え化したりするとおかしなことになってしまうのはTwitterとかでもどこでも確認できる。反省する左翼かキモオタか馬鹿右翼になってしまう。誤解されてしまうのは誰でも嫌だ。その障壁を乗り越え、誰も何も言えないようなこれだけ完成度の高い文学作品を短くまとめた筆者はすごく尊敬できる人物だ。オリジナリティーに欠けるように思えるのも、一番上で書いたように下手に創作したり誇張できない素材だからこそ。真面目に書くとこうなるのである。エンタメ要素はゼロだが、ワタクシと同世代がこれだけのものを書けるのはすごく刺激になりました。オススメしたいですな。

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