世の中の明るい部分 店じまい

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世の中の明るい部分とは、と考えていたら、なぜか無駄な延命処置はやめて自殺する権利をすべての人間に保障しろ!といった主張に化けてしまって大慌てで削除した(笑)。何なんだ一体(笑)。

世の中の明るい部分は、とりもなおさず暗い部分の真逆だ。仕事さえ続けていれば何とかなる、ということだ。仕事をしていれば時間は無くなるが金は入るし、学生のように試験勉強に明け暮れる必要もない。休みの日には快楽に首までずぼりと漬かりきることが可能だ。

うまいものを食ってゲームをしたり映画を観たり旅行に行ってもいいしスポーツで汗を流すのも良い。自由だ。真の自由。
口うるさい親や教師に行動を統制されることもなく、好きなものを食べ好きなだけ飲んだくれてゲームをしようがいつまでも寝ていても誰にも文句は言われないし、好きなところに旅をして犯罪さえ犯さなければ何をしてもいい。素晴らしいことだ。おれは自由を愛している。

まあ、そんなわけではあるが、ワタシはワケあっていつまでたっても子供ができないわけで、子供の成長を楽しみに、とか生きがいに、とか無理なわけである。そんなワタクシの刹那的な一代限りな生きがいを率直に正直に紹介したい。

①映画
この世の映画の95%はクソつまらないが、残り5%に人生があると言っても過言ではないほどワタクシは映画が好きである。クソつまんない映画もブログでこき下ろせば安直なストレス解消手段となりうる。面白い映画は何度観ても魂が揺さぶられ感動し興奮する。そんなわけで良い映画を探すことや、好きな映画を何度でも観ることは生きがいだ。

②文字を書くこと
ワタクシは活字中毒だ。読むことではなく書くことに対して強い中毒性を感じている。人様の文章はここ数年ろくすっぽ読んでいないというのが正直なところだ。おれはおれの書く文章を一番じっくり何度も読んでいる。人様に褒めてもらうとなお嬉しい。ブログも生きがいだし今年は生まれて初めて小説に挑戦した。これはこれで寝食を忘れるほど楽しい。今後もどんな形であれ生きがいとして文章を書くことは続けるだろう。

③金を稼ぐこと、使うこと
金は使うためにあるのであって、断じて貯金をするためにあるのではない。物欲にまみれてどんどん使おう。車、時計、スーツ、革靴・・・・ボーナス何に使うか考えるのは実に楽しい。生きがいだ。もちろん自分の身を守るための必要最小限のリスクヘッジとしての貯金は必要だが、絶望しか待っていないとわかりきっている老後にふんだんに金があっても仕方がない。あの世に金は持っていけない。宵越しの金は持たない。老いたらさっさと青酸カリを噛んでピストル自殺するのが望ましい。さっさと死のう。長生きは無駄だし人様に迷惑がかかる。おれは70ぐらいになってもまだくたばり損なっていたら断固自殺しようと思っている。老いや病に対する唯一の回答は死である。死こそ救い。さっさと死のう。日本人だもの。

④喋ること
ダチや親しい人と仕事の愚痴を言ったりヨタ話をかますのは楽しい。もちろん価値観が近い人物が相手ではないと楽しくないのだが、そういう人がもしいたらおれはとてもその人を大切にするし親愛の念を注ぐことを厭わないだろう。そしてうまい料理にうまい酒。それらが一緒についていたらなお楽しい。これは十分生きがいになりうる。健康のために断酒して肉を食うなだって?死んじまえ。

⑤スポーツ
30過ぎてから断然スポーツが好きになった。逆に言うとスポーツをしないと体が硬くなって色々とツラいので体を動かす習慣は体の硬さや痛みを緩和し、精神的にも楽になり、快適な睡眠を提供する。仕事で鬱屈しても10㎞チャリこげばいい汗かいたな~と忘れられる。腰痛も運動で少しはマシになる。ワタクシは自分ちで黙々やる筋トレと自転車が好きだ。水泳も好きだ。スポーツは健康にも良いはずだしいいことずくめだ。

仕事で金を得て、余暇で自由を満喫する、、それが我々に許された特権なのではないか。世の中、いくら働いてもひもじい人もいるであろうし。十分幸せだ。

まあ、そんなわけで来年もこんな風にやっていければいいのだろう。おれとしては次世代に何かをつなぐことは諦めているのでその瞬間その瞬間を楽しんで、来る時が来れば人に迷惑をかけずにさっと死にたい。別にそれはもう来年でもいい。だらだら死に損なうより前のめりに死ねれば幸せだ。

ではみなさん、今年はこれにて店じまいとします。よいお年を。

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