アンテナ

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地味なタイトルである。
田口ランディ原作。「鬼畜大宴会」の熊切和嘉監督作品だ。普通に旧作だがたまたま観た。

散弾銃


話はパッとみただけでは難解で、結局なんなのかわからん!とテレビをぶん投げたくなるような感じである。

哲学科の大学院生がいて、その昔妹が失踪した事件が起きた際にそばにいたにもかかわらず何も覚えていないことをトラウマに持って生きており、自分を責め続けている、というありがちだが暗い話だ。

そこでどういう理由からわからないがSMクラブの女王様にしばかれつつ公開自慰プレイをしているとだんだん記憶が戻ってきて女王様も優しくなってきて何が何だかわからないか救われる、という顛末。意味わからなすぎて発狂しそうになった。

見所は自傷行為や近親相姦や被虐性愛などにハマる加瀬亮の怪演だ。妹が消えた事件は家族みんなを蝕んでおり、父親は失意のうちに病死、母はカルトにはまり、弟はリアル精神障害。事件が一つの家族をずたずたにしてしまったということである。失踪した妹は結局失踪したままだし、犯人も結局誰なんだかさっぱりである。ひょっとしたらアレはこういうことなのか?というのがわかるかもしれないが、ワタシは自信がないので何も言わないでおこうと思う。原作も読んでないし。

加瀬亮のメンヘラM男っぷりが普通ではなく、もうみていて痛々しく、彼のガス室送り直前のユダヤ人のような体躯にゾッとさせられる。ワタシは男女ともに異常に痩せた人を見るととても怖くて、死や病や老いを連想させられげんなりしてしまう。やはり人間は少し肉付きが良いほうが健康的で良い。BMIは標準体型を目指したいものだ。痩せすぎているとファッションはスタイリッシュにキまるが、脱いだ時にゾッとするものである。そういう意味ではこの映画はゾッとさせるための演出としてなのか、やたらと加瀬が脱ぐのだが、成功していると言えば成功しているかもしれない。本当に不健康な体である(記事冒頭画像参照)。

弟も女の子のような美少年なのだが、「アンテナがーー!アンテナがーー!」と言っている姿はまさしくど真ん中の統合失調症。しかしこの年代で統合失調症にかかることはあまりないので、彼が何のビョーキなのかは不明。。不明なのがまた怖い。人間はわけわからないものが怖いのだ。。母親も正常なようで頭おかしいし、キチガイ専科の様相。これは怖い。

しかしこの映画、結局何が言いたいのだろうか?各シーンが断片的で、バラバラのパズルが組み合わされることもなく放置されたかのようなへんちくりんな映画だ。時系列も計算なのか行き当たりばったりなのか、難解でわかりにくいし、映像に極度の黒沢清臭がするものの、彼ほどオシャレに構築できていないと感じた。しかしこの映画はベネツィアでかなり高い評価を受けたというが、日本人でさえよくわからないこの映画を本当に理解できた者がいたのだろうか?こう考えるとこの映画は完全にアート・雰囲気映画と割り切られたのかもしれない。そういう意味ではこの映画は確かに高い完成度を誇ると言える。

加瀬亮が役者として?人間として?どちらかはわからないが本当にすごい。間違いなく実生活でもM男であろう。その迫力を体感するタイプの映画。不気味で暗い演出も黒沢清が好きな人などに勧められる。変わった映画だがそこそこ楽しめた。

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