新宿スワン

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新宿はおれにとってもついつい足が向く場所で、かつてはジュンク堂書店やディスクユニオンなどを目当てによく足しげく通っていたものだった。しかし歌舞伎町に関しては正直特に用もなかったので足を踏み入れることはなかった。というより、「歌舞伎町は危険な場所だからあまり近寄ってはいけない」というイメージが強くあり、おれも怖いお兄さんに絡まれるのとか怖いのでけっこう意識して近寄らないようにしていた。

昔はJR新宿駅の東口にはでかでかとホストの看板が立っていたものだが、最近は客引きも難しくなっているようで、少しずつ昔の猥雑なイメージが払拭されつつあるのかもしれないが、行けばわかるがまだまだあそこは普通の風俗街で、エロい店や飲み屋がたむろしているごちゃごちゃした汚いところである。

さて、そんな場所ではあるが、この映画は園子音が資金回収のために作ったなどとの噂も聞いたが、皮肉にもいつものオナニー・ドー×ー臭はやや控えめで、テンポの良い活劇となっている。普通に早送りとかせずに観れたので、おれとしては思ったよりおもしろかったなあと思った。

とはいえそれとは別の話だが、おれはこの原作漫画の空気が大嫌いで、主役のもじゃもじゃなどが異常に喧嘩が強すぎるところとか、異常に男気があって極道でもないのに度胸が据わりすぎているところとか、弱音をまったくはかないところとか、非現実的でまるで少年ジャンプの主人公のようである。こう言ったらアレだが桜木花道的な、アホで無鉄砲だけど勢いあるし魂も熱いみたいなステレオタイプの古典的な英雄像が実に嫌である。青年漫画でこれはないと思う。こういうやつおれ嫌い(最近こればっかりだな)。もう少し人間らしさというか現実味が欲しいところである。その点この映画版の主人公は漫画版とキャラはそのまんまだが、喧嘩は弱くてボロクソやられっぱなしなのだが、痛みにもびびらない強靭な精神力みたいなものがフィーチャーされすぎていて鼻につく。普段タフを気取ってる奴が戦場とかでビビッて泣きじゃくる姿などのほうにいつも感動しているおれとしてはこういう展開はサムい。

例えば、ベテラン風俗嬢だけど過酷な毎日にちょっと頭がアレになりかかっている沢アナル…失礼、沢尻エリカが登場するのですが、ヤクザまがいの風俗店長に「もっと働けこらあ~」とぶん殴られる現場に居合わせる主人公のモジャ男。即座に経済的な協調関係にある店長をその場でしばきたおすのだが、大人的な打算などなく衝動の赴くままに弱者を救う姿はわかりやすい英雄像。沢アナルはうるんだ瞳で尋ねる。「なんで今日初めて会ったのに助けてくれるの、、、?」→「男の子が女の子を助けるのは当然だゼ?」ぐわ~~~~~死死死死死死死死死

いや、いいじゃないか別に、、、と思うかもしれないが嫌いなんだよおれこういうのっ!

そんなわけでおれの好き嫌いなど皆さんの知ったことではないわけですが、この映画は馬鹿馬鹿しい正義漢気取りの歌舞伎町ヤクザ?とクスリをさばく本物悪ヤクザの抗争を描いた子供向けの活劇であり、後年にわたって語られる映画ではないが、まあまあ観やすい映画だ。

なにかといったらすぐにシャブを出す日本映画界ですが、シャブが出てくるとそれが一番の悪事象で、他の暴力、詐欺、窃盗などは全部しょうがないものとして相対化されるのがいつも気になっている。全部犯罪であり取り締まられるべきもののはずである。このモジャ男たちがやっていることは現代の人身売買といっても過言ではなく、それこそ戦時でいう従軍慰安婦の女衒とほぼ同じ仕事である。「いや?強制連行はしてないよ?(風俗、AVを)やりたいという人だけ店に紹介しているだけだよ?もちろん金はいただくけどね?」というお仕事。とても立派なお仕事(笑)。職業に貴賎なし(笑)。胸を張って続けていただきたいと思っているが、風俗やAVなどに身を売る女性はごく軽度の知的障害者が決して少なくないとされており、彼女たちは無邪気で警戒感に乏しく容易に人を信じ、複雑なシステムを前にすると即刻思考停止してしまうという特徴がある。このようにしてキャッチやスカウトを容易に「いい人」と信じ、地獄のような女郎小屋に売り飛ばされ、再起不能になるまで性的搾取を受けるという。社員寮の名の下にマンションの一室に監禁され、自由を拘束され、休みも与えられず死ぬまでこき使われる。

・・・・・・という事例をワタクシもけっこう聞いたことがあるのだが、これは多分本当だと思う。シベリアの収容所とどっちがマシなの?と聞かれたら判断に迷うところである。手っ取り早く金を稼ぐために体を売ろうなどというのは基本的に少し頭が悪いと思うし、どうしても必要に駆られてという場合は極度の貧困が背景にあるわけで、経済力と親のIQは大きく関係すると言われているのでそれはそれで不幸な環境の下で育ち、少しおつむの成長が遅かった不幸な人々であると言えなくもないはず。怒られそうだが。

そんなちょっと頭のアレな女たちを甘言を弄して苦界へひきずりこみ、それで男気を気取るなどとは盗人猛々しいのではないだろうか?いくら何でも下種であり、英雄に祀り上げるなどというのはお門違いもいいところだ。そういった極道やクズどもを英雄化するために、いつもシャブが一役買っているのだ。シャブをやらない人道ヤクザと、シャブを売りさばく極悪ヤクザの対決などは古典的な日本ヤクザ映画の構図だが、この映画も伝統的なフッツーのヤクザ映画の構造と同じと言える。それに少年ジャンプの暑苦しさが混ざった感じか?とにかく、最近ヤクザやヤンキーを神格化する動きが活発すぎてイタい。男が草食化し過ぎている反動なのか?あいつらは卑怯もんのクズばかりである。現実を直視してこのような映画に騙されないようにしたいものだ。