単なる日記

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このブログの左の下の方にアンケートがあると思うんですけど、誰かがたまに投票してってくれるもんで、時々チェックするのがささやかな楽しみになっているのですが、今までは社会への文句系のネタに力を入れてほしいとの声が多かったのですが、最近はナチ系や戦争系の話題が人気のようで、集計すると一位になりました。となると、俄然ワタクシもサービス精神が働くもので、何かをしないと!という心境である。


ということで、久しく更新が途絶えている「第三帝国極悪伝説」ですが、第三十回目をやって終わりにすると宣言してもう長いこと時間がたってしまった。。。今や当ブログとしてはまあまあ客を集めてくるコンテンツへと成長しましたが、最終回となるとなんだろな~!とずっと考えていた。そこでもともと今書いている小説の資料として取り寄せたジプシー関係の本を読んでいて、ナチスやそれ以前のころからのジプシー迫害の構図に、現代の移民問題にある種の教訓を得る思いだったので、これはマイナーだけど少しまとめてみようかと思うようになった。第三帝国の優生学、人類学、衛生学の概観を少しばかり説明し、おかしなナチ医者にスポットをあてた読み物を書いてみようか。それを第30回とし、とりあえずそこでこのシリーズは完結ということにしたい。今のところエヴァ・ユースティンやロベルト・リッターを考えている。

そういえば、「人類学者と少女」というポーランドの小説がこの手の似非人類学の荒唐無稽、その荒唐無稽を前にしても権威にひれ伏すしかない人々の悲哀を描いた名著だと思う。ここで登場する教授はヘルマン・ガウフというナチの思想的バックボーンとなった人類学者がモデルとのことである。おれが前書いたホロコースト小説でもジプシー迫害のシーンを挿入できないか検討している。

人類学者と少女 (1981年) (岩波現代選書)

またこの問題はどうしても戦時医学や人体実験などと結びつくテーマでして(それは完成されたものを読んでいただければわかるようにはしたいとおもうが)、ドイツの狂気の戦時医学やいかれ優生学は、戦後ナチがパージされたとてあまり問題にされなかった。スポットが当たらなかったのか、結局正義よりも権威が勝利してしまったからなのか、ジプシー問題で似非科学を提供した狂った人類学者たちはナチが追放された後も西ドイツにおいて同様の仕事を続け、あろうことかその道の権威として君臨さえしていたのである。これは我が国においてもほとんど同じで、ナチから学んだ優生学や精神保健の断種の思想はわりと最近までリーガルなものとして社会から支援を受けていた。悪は戦後も生き残ったのである。

そもそも障害者や人種的に劣等とされた者たちを排除しようという社会的ダーウィニズムがなぜドイツで大流行したのか?といえば、多くの人はヒトラーの異常性と結び付けたがるものだが、結局のところ第一次大戦における莫大な賠償金による国家の衰退と困窮に原因を求められるのではないか、と思う。

優秀で健全なドイツ国民が生き延びるためには、社会の足手まといとされたユダヤ人やジプシー(必ずしも国に忠誠心を持たないからねえ)、同性愛者(子供を産まないからねえ)、身体・精神障碍者(働けないからねえ)を福祉で保護することは共倒れを招来せしめるということで、これらを絶滅させ、医学実験の材料とし、「健全な社会」が健全に発展するための糧とすることを、ドイツ国民は自らが生き延びるためにたやすく正当化したのである。これはナチの専売特許ではなく、それ以前の政権もジプシーや障害者の排除に意欲的で、しかもドイツだけではなく、国際刑事警察機構(ICPO)などにも「ジプシー害悪への対策本部」なるものが設立されてジプシー絶滅に貢献したという黒い歴史がある。もちろんわが国でもハンセン氏病患者の隔離や統合失調症患者へのロボトミー手術はリーガルな治療法として割と最近まで認められていたのだ(精神外科と呼ぶ)。

「健全な人類」が生き延びるための弱者への攻撃、総破壊は歴史上たやすく正当化されてきた。今、経済危機により斜陽にあるわが国ではだんだんとゆとりがなくなり、様々な場面で異民族への攻撃性が噴出しているのは、決して気まぐれや偶然ではないというわけだ。おれも高齢者はさっさと死ぬのが良いとつい思ってしまう。まあこんな感じで後味悪くシめられたらいいな、と思っている。(この日記はただの独り言で制作日誌みたいなものなので、まとまりがない、読みにくいなどの意見はご勘弁を。そのうちまとめます)

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