「ドラゴンヘッド」と無法地帯

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あらすじ:修学旅行の帰り道の新幹線がトンネル内で脱線事故を起こす。生存者はわずか3名。たった3名で新幹線の中でサバイバルをし、やがて家路を目指すようになる。

知ってる人も多いでしょう。当時はかなり流行ったと記憶しています。
新幹線という閉鎖空間における密室サスペンスと思われた本作だが、何のことはない、とっくに新幹線の外の世界も終わってしまっていた。灰が降り積もり、政府は機能を失い、流言飛語が飛び交い、少ない水や食糧をめぐって人々が争い、未来に何のビジョンも描けなくなってしまっていた。

※ちょい前に書いた”無法地帯特集”の復旧


今考えれば本当にすごい漫画だったこれ。当時はあまり良さがわからなかった気もするが、今読むと本当に素晴らしい作品で、自然のままの人間のありのままの醜さを冷徹ともいえる視点で抉り出すように我々に提示して見せた。

世界が終わってしまった原因が、なぜなのかを解明することがこの作品のミソだが、主役の少年はただただ家族に会いたい一心であることが泣かせる。何度も死ぬような目にあうがその都度幸運に救われ生きながらえるが果たしてそれが幸せかどうか・・かなり疑問である。

食い物もなく水もなく薬もなく、ちょっと怪我したら破傷風になっちまう。食い物は刻々と減り続け女は常にレ×プの危険に晒されている。主人公たちはどんどん弱っていき意志もくじけボロ雑巾のようになっていく。そんなテル君たちをさっさと死なせてやらない作者のサディズムには当時心底イラだったものだ。

人々はおかしな宗教や「闇」そのものを崇拝し、わけのわからん儀式を繰り返す。宗教はわけのわからん状況にある種の説明を与え不安を緩和する。しかしそれは「まとも」なことではない。理屈は通用せず、危険でさえある。

ガキのころは世界の崩壊の原因が曖昧にしか明らかにならず、全ての伏線をうっちゃっていきなり終わったのにはあきれ果てたものだが、今は崩壊の原因など些細な問題だと感じる。
これは無政府状態に陥った人々がどのように右往左往するのか、その混沌の中で人間は気高さを保っていられるのかを問うた作品であり、核爆発だろうが富士山噴火だろうが大地震だろうがどうでも良いのである。

政府を失いインフラが破壊され食糧の供給が途絶え電気がなくなり文字通りの闇に覆われた世界。ここで恐怖に駆られた人間たちは普通では考えられないような狂気をあっさり実践してしまう。恐怖は暴力を易々と産み落とす。

この暗黒世界で描かれる理不尽な暴力や危険は、生きるというただそれだけのことが、本来大仕事なのだということを我々に叩きつけてくれる。

フランク・ダラボンの「ミスト」も、「闇」そのものをホラーに仕立てた映画だ。当時からこのドラゴンヘッドがいかに先進的であったかはわかっていただけるだろうか。

無法地帯というテーマで作品を語る時、「飢餓」という状況はついて回る。飢餓と無縁な無法地帯など考えられないと言ってもいいぐらい重要なトピックスである。これ以降も色々紹介しているが、飢餓があるからこそ人々は見境なく奪い合い殺しあうのである・・。

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