悪童日記 小説

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映画版の「悪童日記」を観て、強く興味惹かれて読んでみた。


ワタクシは普通映画観て原作読むということはないが、この映画は映画版レビューでも書いた通り、第二次大戦末期のヤケクソな空気に満ちたハンガリーの狂態を、モグモグと歯応えバッチリに味わうことができる希少な映画である。そのため、映画を観てあ〜面白かったなあ、でも味わい足りねえなあ、とも思ってしまったため、原作に自然と手を出してしまった。

アゴタ・クリストフというフランス系ハンガリー人の亡命作家が書いた三部作の一作目という位置付けとなる。続編は読んでないが、小説版も読みやすくて面白かった。自然と映画版との相違点を思い出しながら読むことができた。やはりこの時代は面白い時代だ。

ナチスドイツのお隣さんで、隷従せざるを得なかったハンガリーだが、東部戦線でも兵を供し、ズタボロにヤられまくり、挙げ句の果てにはナチもろともソ連の戦車に踏み潰されてしまい、その後は真っ赤に染まって実に50年近く独裁体制の下にあった。

ドイツとロシアに挟まれちゃった国の例外のない不幸な感じはやはりここでも健在だ。

物語は映画版とほぼ同じであるから、もう多くは語らないが、双子の兄弟たちは映画版では無表情なシリアルキラーのような非人間性があり、何考えてるのかわかりにくかったが、この小説版では割と心の中を率直に述べているため、わかりやすいと言える。映画版で双子の行動が難解に思えた人は目を通してもいいかもしれない。

双子は生来からシリアルキラーだったわけではないのだ。映画版では双子の狂気が生まれついてのものか、悲惨な時代のせいなのか、よくわからなかった。しかし、小説版を読めば、狂った時代に順応するため、悪童と化すしかなかった哀しさが描かれていた。もともともは親から離され、孤独に震えるただの子供だったのだ。

化け物ババアも、実に人間的に描写されており、非道なゲスなのは変わらないが、双子との奇妙だが厚い信頼関係は、映画版よりも強く感じることができた。双子もおばあちゃんが大好きである。おばあちゃんのクソもミソも全部飲み込み、それでも一緒にいたいと願う。おばあちゃんも口は最悪だが、双子を心から信頼しているのがみてとれる。

映画版では心筋梗塞を起こしたおばあちゃんが、次の発作が起こった時に自分を殺すよう双子に依頼するが、なんでなのかよくわからなかった。しかし小説版では脳血管障害による片麻痺であり、これで死を願う理由は介護施設勤務のワタクシには痛いほどよくわかった。実に高潔な死に方で、このおばあちゃんの意思に沿うように無駄なく振舞う双子は痛快である。グダグダ人権を持ち出し、きれいごと吐き散らかして老人を1日でも長く苦しめようとくだらない処置を延々続ける医者よりはるかにマシである。愛があるからこそ胸を痛めながら殺す。まるで「愛 アムール」の結末のようでもあった。シンミリ感動しました。

結局なんのかんのと自分のそばにいてくれなかった両親よりも、なんのかんので自分らの世話を続けてくれたおばあちゃんが大事。双子は矢十字党の影やブダベスト包囲戦、ホロコーストやショ××ニアックなナチ将校などとのふれあいを通し、後半はかなりイっちゃっているが、根底に流れる心の動きは人間本来の普遍的なものである。

映画版ではにおわすのみに終わっていた、”兎っこ”や”将校”とのエピソードは、ぜひ小説版にて補完してほしい。映像化できなかったという理由がよくわかる。もしもこれを映像化したなら、パゾリーニの「ソドムの市」のような倫理を破壊する奇作と呼ばれたに違いない。おれとしてはいっそやれるところまでやってほしかったのだが、映画版はソドミーに関しては実に控えめ。小説版を読んでほしい。とてもエグい。受け入れられるかどうかはまさにあなた次第だ。

ホロコーストのシーンもちゃんとあった。教会の女中がパンを見せびらかすシーンやユダヤ人と思われる靴屋さんに冬用ブーツをもらうシーンなど、ホロコーストの残忍さを婉曲的な表現で物語る。難解で遠まわしだが、丁寧な注釈がついていたし、おれもこの時代が好きだし、このシーンはアレだな?靴屋はもうすぐ強制収容所に送られるとわかってるから高価な靴をタダであっさりくれたんだな?とか、想像しながら読み進めた。これはなかなか楽しい体験だった。

“将校”は作中、軍の将校かSS将校かという記述は一切なく、進駐軍の将校としか書かれていない。これではドイツ国防軍か親衛隊かはわからないが、矢十字党の警察署に踏み込んで、下手人を奪い返して、尋問していた警官も殺す、というのは一介の軍の将校ができる範囲を超えている。かなり高位の情報将校あたりではないか?(それもホロコーストに関与していたとみるべきだろう なんでかは自分で調べてくれ) 映画版がこの将校をSS少佐と解釈したのは実に妥当だったと言える。

双子はツンデレで、強くあろうとするがために誰の施しも受けず、誰にも期待せず、誰にも許しを請わないが、それでも周囲の人間を慈しまずにはいられない。強くあろうと狂気の淵に立つことを自ら望んでいるのだが、本当に心を捨て去ることはできない。

“髪に受けた愛撫だけは、捨てることができない。”

結末に関してはやはり難解である。父親を先に行かせた理由はよくわかったが、なぜ双子は離別したのだろうか?続編も評価が高いため暇があれば読むかもしれない。続編を読めばきっとわかるのだろう。

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