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「死亡に関与」複数ほのめかす=18歳女性遺体―千葉県警
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150426-00000079-jij-soci

これまた痛いですなあ、、、


絵に描いたようなクズの犯行ですなあ。

殺された女の子も女の子でなんだか金に余裕がなかったようである。

犯罪は結局貧困がもたらすことが多いんだよなあ。

生まれが悪かったと言えばそれまでである。

しかし、いかに貧しい家に生まれようと、抜け出すチャンスはあったはずなのだ。

でもそういうのって、わかっていてもいかんともしがたい。

不幸な事件である。

よくこういった犯罪が起こった時に、犯人の生来の性格や性癖や気性をやり玉に挙げるが、結局人を犯罪に駆り立てるものは貧困だ。

政治家の息子が鉄筋工のガキ従えてレンタカーで女の子を拉致してリンチして生きたまま埋めたりはしねえだろう?

聞いたこともないわ。

貧困なんだ。貧困のなせる業よ。

またおれの田舎の話だけど、北九州の山奥でねえ。田舎というのさえおこがましい貧困地帯であった。

ちょっと奥行けばスラムがあったよね。

汚いバラックが立ち並ぶ治安の悪い地域が。

子供はたくさんいたが、片親が多かった。

父親はいても昼間から飲んだくれていた。

母親はいても野草やタケノコ、木の実を拾ってばかりいた。

ファミコンなんか見たこともない、貧しい子供たちだった。

いつも同じ服を着て、泥まみれで外で遊んでいた。

当たり前に万引きとかしていたし、自動販売機を見かけたら一つ一つ律儀につり銭口に手を突っ込んで、10円玉や50円玉の忘れ物がないか調べていた。

で、よく悪がき同士で放課後集まって、気に食わないやつを自分たちで作り上げては「ぶっ殺す!ぶっ殺す!」と息巻いていた。

小学6年になるころには、先に中学に上がった悪ガキに憧れて、ボンタンはいたりメリケンサックを持って歩き回っていた。

へし折った木のバットを、短刀で自分で削って、短い木刀のようなものを作って、いつも持ち歩いていた。

バカバカしい。はったりだ。見せかけだけだよ。本当に喧嘩する度胸なんかない。

みな、お互いにそう言っていた。で、しばしば本当に喧嘩していたのに、「おいつら××ナシの腰抜けだ」とお互い罵っていた。

我々は異常に「腰抜け扱いされること」を恐れていた。みんなみんな腰抜けでないことを証明するために誰かを攻撃し、店のものを盗み、教師にたてつき、わかりやすい不良のようにふるまった。

生来の性格?性癖?気性?なにそれ。そんなものが介入する余地はなかった。皆腰抜けと思われたくなかった。腰抜けと思われたら、ほかの悪ガキから血の粛清が待っていたからだ。

おれとて、根性を付けるためと、近所の空手道場に通う中学生の回し蹴りを黙って耐えていた。一発くらうだけで足の感覚がなくなるほど痛かった。しかしそれを拒否すれば50発は覚悟せねばならない。皆黙って耐えた。みんな腰抜けだと思われたくなかったのだ。。

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これが小学六年生のころの話だ。小学生でこれだ。

地元のたった一つの中学校は校内暴力がひどいと警察の間でも有名であった。

兄が中学に上がるころ、父の友人の警察幹部が家まで来て、「息子さんはよその中学のほうがいいと思う」と忠告した。

兄は街の私立の中学へ行った。

おれも同じ私立の中学に行った。しかし、そこも恐ろしく血の気の多い土地で、ある意味でおれの地元よりもさらに好戦的な中学生が集結する暴力の街であったが、それはまた今度話そう。

もともと気の優しい子もあっただろう。本当はこんなことくだらないと思った子もいただろう。勉強がんばって大人に褒められた方が合理的だと理解できる子もいたに違いない。

しかし貧困だった。その土地は貧しかった。なんでかはうまく言えないけど、あの土地で悪ガキたちが悪ぶっていたのは、貧困が原因だった。今ははっきりそう言える。

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