「ザ・ロード」と無法地帯

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ぼくたちは誰も食べないよね?
ああ。もちろんだ。
飢えてもだよね?
もう飢えてるじゃないか。
さっきは違うことをいったよ。
さっきは死なないっていったんだ。飢えてないとは言ってない。
それでもやらないんだね?
ああ。やらない。
どんなことがあっても。
そう。どんなことがあっても。
ぼくたちは善い者だから。
そう。
火を運んでるから。
火を運んでるから。そうだ。
わかった。

2012年現在、コーマック・マッカーシーの最新作であるこの「ザ・ロード」は無法地帯なお話しの中でも変り種といえるロードノベルだ。

この手の話のいいところは、ひたすら主人公たちが悲惨な状況下の中でたくましくサバイバルをし、運命だとか既存の秩序に流されず、みずからの力で道を切り開いて行く様が大変骨太で美しいからではないかと。例えそれが人肉を貪り食うような野獣のごとき切り開き方だとしてもけっこうその生命力には圧倒されて感動してしまう。

だがこれは少し趣が違う。主人公が親子なのだ。父と息子。

この手の無法話では真っ先に餌食となり骨も残らない子供と、その父親が主人公である。

この話は純真無垢で悪を知らぬ子供と、その穢れのない「善い心」を必死で守るべく戦う父親の話である。

舞台はおそらく核戦争後の何もかもが滅び死に絶え灰になった世界。そこで生きる人々は生き残ったわけではなく、ただ死に遅れた人々である。どの道滅びしか残されていないことは、誰の目にもはっきりしているのだ。
空は暗雲が垂れ込め、どこにでも灰が覆いかぶさり、「核の冬」のためか気温はどんどん下がっていき、食べ物など略奪されもはや残った食料は”人間”のみ。死に遅れた人間は救済とか共存とか、かけらも考えず、出会いがしらに人間を襲撃し、犯して殺して喰うのである。このような暗黒世界では力も弱く知恵も回らない子供は真っ先に死ぬしかない。そしてその方がどんなに幸せか知れないのだ。

この父親は悲惨だ。このような暗黒世界ではクソの役にもたたない善意だとか、親切心だとか助けあいだとか、そのようなもの、自分はさらさらやる気はないのに、時には息子の責任感のない善意に苛立ちまでするけれども、最後までこの善なる心を守るために生きようとするのだ。

クソの役にも立たないと書いたけれど、それはこの小説の中でそのようなシーンがたっぷりと丹念に描かれているから。なんと善とは勇気のいることだろうか。人間は何の”得”にもならないことを行うのは大変勇気がいるのだ。他者を助けようとする行為は、自ずと自己犠牲が伴うものである。食べ物が10しかない状況で、誰が5も分け与えるだろう。分けたとして、次にまた飢えた人に出会ったらどうするのだろう?また2.5あげるのか?そうこうしている内にも、人間は一日3食は食べる生き物なのだから食料は随時減り続けているのである。

このような善意は大抵空回りに終わることは、大人は皆知っている。しかしこの少年は善意を捨てようとはしない。こともなげに”ぼくの食料を半分上げるからあの子を助けて”と父親に懇願する。

もちろん食料を集めてくるのは父親だし、何かことを為すのはいちいち父親だ。子供は守られているに過ぎず、無責任な善意を父親に要求する。父親は息子の善なる心を守りたいがために自らを犠牲にしてボロボロになっていく。その姿はなんとも言えず残酷。しかし父親はこのとっくの昔に終わってしまった世界で、唯一自分が死ぬわけにはいかない理由がこの無垢な息子であり、息子を餓死させないために暖かい南を目指し、食べ物を集めてくる、生きる理由の全てになっている。さっさと死んでしまったほうがどんなに安らげるかしれない。しかしひたすら息子を死なせないために生きなければならない。そのような業を背負って生きているのだね。

はっきり言って、親が子を拷問して殺す時代に、このような親子愛が現実味があるのかははなはだ疑問だけども、この父親は本当に偉い。決して諦めず悪態をつかず希望を持っている。というのは演技で、とっくの昔に諦めているし悪態も心の中ではつきまくっているだろうし絶望しかないんだけれども、息子の前ではそのような姿は決して見せない。息子はそれをわかっているし、父親は無理して希望のあることを言っていると見抜いているけれども、そのような父の姿を素直に尊敬しているのである。

この親子の二人三脚がどうなってしまうのかは、序盤こそわからなかったけれども、世界の描写が細密になっていく中盤以降は終末しかないだろうというのはアホでもわかる。飢えて飢えて飢えて灰の中で病に冒され、かといって外道に堕ちて生きる術もない。このような状況下で誰が長生きするだろうか。父親も死がそこまで迫っていることをわかっている。しかし息子のために南進すること、食べ物を集めることをやめようとはしない。結果はわかってしまっているのに、父親の死に様が気になって最後まであっという間に読み進めてしまう。そして結びはけっこう意外なものなのだった。

コーマック・マッカーシーは「ノーカントリー」の原作「血と暴力の国」でも人間の倫理と悪くなっていく世界をテーマに無法地帯のテキサスを描いていた。しかし彼は老舗の純文学作家とされており、その文章表現は大変婉曲的で、読みづらいと断言する。訳している人間に問題があるのかもしれないが、とにかく読みにくい文章である。情景描写などほとんど情景が浮かんでこないからねえ。しかし随所で挟まれる親子の会話は大変印象深いもので、最後のあたりは涙なしには読めない。

家族のために、強がりを一生余儀なくされている世のお父さん、お母さんはきっと感涙すること間違いなしだ。

この「ザ・ロード」も映画化されている。けっこうおもしろいよ。

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