第三帝国極悪伝説外伝
ハンガリー編
矢十字の恐怖

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ハンガリーとナチの同盟は最初から大したものではなかった。ナチは世界で覇権を握り歴史を作ることが目的だった。それに対しハンガリーはただ単に領土を増やしたいだけだった。

領土を増やせればなんでもいいわけなのだが、領土が減るのは問題だった。1944年春。ハンガリー摂政ホルティは領土ばかりか、国家そのものを失う危機感にとらわれ始めた。赤軍の大軍団がすぐそこまで迫っていたのである。

ホルティは連合軍に離反し、イタリアやルーマニアのようにさっさとこの戦争を切り上げたかった。しかしこのようなホルティの不穏な動きに≪SD(=親衛隊保安部)≫が気付かないということもまたあり得ないのであった。

1944年3月19日、ドイツ国防軍の11個師団がハンガリーの国境をこえた。侵攻軍はほとんど抵抗らしい抵抗を受けなかった。むしろ花束を持って歓迎される始末であった。

アドルフ・アイヒマン率いる対ユダヤ人問題の専門家チームが国防軍の背後からハンガリー国内へ侵入し、ブダペスト市内のホテルに絶滅本部を構えた。いまや、欧州に唯一残った巨大なユダヤ人コミュニティが、≪総統≫の意思により一掃されようとしていた。ハンガリーには周辺各国から戦争とナチの狂気の殺戮作戦から逃れようと難民となったユダヤ人が多数合流して巨大に膨れ上がっていた。

こうしたユダヤ人の数は、ナチやハンガリー政府の定義によれば80万人はいるものと推測されていた。ハンガリーのユダヤ人は陸の孤島に隔離された最後の避難場所だった。だがその脆弱な境界線も戦車のキャタピラーには簡単に踏みこえられてしまったのである。

1944年3月、ユダヤ人たちはまず小さな村や集落から狩り集められゲットーに送られた。大都市は最後だった。これは噂が広がるのをなるべく遅らせようという時間稼ぎが理由だった。

五月中旬には各地のゲットーでユダヤ人が大量にひしめきあっているという状況だった。ここからアウシュビッツへの死の移送が始まる。六月初旬には30万人ものユダヤ人がアウシュビッツへ送られ、そのほとんどが急速にガス殺されて焼却された。これはあまりにも急ピッチに進んだので、アウシュビッツの巨大な火葬場でも焼却が追いつかず、その辺の野っ原で野焼きされる始末であった。
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ハンガリーからアウシュビッツへ輸送される人々。1944年5月。

これほど短期間のうちに移送と殲滅が行われれた例は他にない。ドイツ軍やアイヒマンの特別チームだけでそれが可能だっただろうか?結局のところ、これらを可能としたのは地元ハンガリー人や軍・警察・官僚が一体となって仕事をしたからに他ならない。そしてアイヒマンの手口としてユダヤ人評議会を協力者として手中にし、彼らに同胞を統制させたのである。ユダヤ人たちは評議会の言うことならばと、移送に無抵抗であった。
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そして1944年春の時点ではアウシュビッツはもはや秘密でも何でもなかった。欧州各地のユダヤ人は既に絶滅され、唯一残ったのがハンガリーだということは連合軍も中立国も皆知っていた。だが世界はユダヤ人に背をむけたままだった。米空軍はアウシュビッツの煙突を確認しながら爆撃さえしなかった。哀れなユダヤ人の女や子供に手を差し伸べる勢力や国はどこにもなかった。ローマ・カトリック教会でさえ、信徒ではないユダヤ人には冷淡だった。ユダヤ人を一人残らず殺すと狂ったような執念を燃やすアドルフ・アイヒマンSS中佐から、ユダヤ人を救う気のあるものは誰もいなかったのである。
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ハンガリーのユダヤ人の兄弟。第2アウシュビッツビルケナウに到着した直後の写真。死ぬ以外の道はない。

こうしてユダヤ人たちは世界が見守る中、公然とナチに連れ去られたのである。ハンガリーのホロコーストはその点で異色だった。

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しかし急速にハンガリーのユダヤ人が地獄の釜の中に放り込まれていく中、さすがに世界中から非難の声が上がりはじめた。十月、ホルティは米軍の爆撃や赤軍の到来を予感し、移送を中止し、アイヒマンにも出ていくようにと命令を下した。ホルティはハンガリーをナチの手から取り戻そうとようやく重い腰を上げたのである。

だがその翌日、ホルティの息子がナチの≪帝国保安本部≫特殊部隊のスコルツェニーSS中佐によって拉致された。このままドイツの強制収容所へ送られるという。
ホルティはその知らせを知ると子供のように泣き喚き、息子の解放と引き換えにナチに絶対服従することを誓ってしまった。こうしてホルティは政権の座から降ろされ、代わりにドイツ軍に後押しされた親ナチ極右組織「矢十字党」がクーデターを起こし、その指導者サーラシがハンガリー新政権の座についた。
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矢十字党旗

矢十字党やサーラシはヒトラーでさえ相手にしなかったゴロツキ集団であったが、いまやハンガリーで親ナチ組織といえばこの矢十字党しかないのであった。新政権の代表に彼らが選ばれた理由はそれだけである。矢十字党は規律も統制も皆無の無法集団であった。
この無法集団とそれに率いられたハンガリー警察と殺意に荒れ狂う民衆が、息もたえだえに隠れ潜むユダヤ人の女や子供に襲いかかろうとしていたのだった。それに加え一時は追い出されたアドルフ・アイヒマンの対ユダヤ人特務部隊も舞い戻り、アウシュビッツのひき臼を再び回そうとしていた。
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矢十字党員。腕章が特徴的である。

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サーラシとヒトラー

ハンガリーの生き残りのユダヤ人の命運は尽きようとしていた。

スウェーデン外交官のラウル・ワレンバーグは、この地獄のような世界で一人でも多くの人命を救おうとした数少ない人物である。彼は外交官特権を行使してナチ占領下のハンガリーを縦横無尽に駆け回り、ユダヤ人たちに特別なパスを配って回った。このパスを持つ者は中立国スウェーデンの保護下にあるとされ、ナチも獰猛なハンガリー警察も手出しができなかったのである。このパスに国際法的な効力は実は全くなかったのだが、権威に背かず官僚的で事務的な仕事を好むドイツ人たちは、ワレンバーグのこのパスにすっかり騙されたのであった。

またワレンバーグはスウェーデン政府の保護下にあるとする建物、セーフハウスを無数に設置しその中にユダヤ人たちを匿った。彼ら何百人ものユダヤ人たちは狭い家で恐怖に震えていたが、地獄のような外の世界よりはずっとマシなのであった。

しかしこうして救うことができたのは全体からみるとごくわずかだった。

サーラシが政権を取ると、矢十字党の殺人部隊が通りという通りを闊歩し、ユダヤ人を捕まえては銃殺し、凍りついたドナウ河に投げ込みはじめた。そして河を流れる死体の頭部に向かって銃撃を加え、射撃の練習をしていたのである。赤ん坊さえも例外なく殺された。
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矢十字党員。後ろにいるのは子供だ・・

アンドラス・クンというカトリック司祭の矢十字党員は法衣を身にまとい、その上から矢十字党の腕章と拳銃のホルスターをつけて、ユダヤ人虐殺の指揮をとった。彼が十字架を手にして殺人を働いたとする説もある。クンとその殺人部隊は各地の市民病院やセーフハウス、サナトリウム病院、介護療養施設を襲撃し、患者や医療スタッフを路上に引きずり出して手当たり次第に殺戮した。こうしてこの狂った司祭に殺されたハンガリー人は500人にのぼったという。

またビルモシュ・ザルツァー夫人という人物は、手に自動小銃を持って自ら殺戮行為に参加し、苦しむユダヤ人をみて楽しんでいたという。

このように1944年末のブダペストは地獄そのものであった。タガの外れた矢十字党員はセーフハウスも意にかいさず襲い始めた。文字通り手当たり次第の狂ったような虐殺であった。
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1944年ブダペストのゲットーにて。
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矢十字党員に殺害されたと見られる死体。

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同じく。矢十字党員に殺害されたと見られる死体。

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同じく。

暴動の混乱に戦火が拍車をかけた。1944年暮れに始まった赤軍とルーマニア軍によるブダペスト包囲戦は悲惨の限りであった。守るドイツ・ハンガリー軍とあわせ、両軍の戦死傷者数は30万人をこえた。悲惨な市街戦は二ヶ月あまり続いた。ユダヤ人は虐殺され続け、およそ目に付く10〜70歳までの婦女子は赤軍兵士に全てレ×プされた。人々は死に絶え、建物は灰燼となり、ブダペストは廃墟となった。
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ブダペスト包囲戦。赤軍将兵。

包囲戦が終了した1945年2月には、アドルフ・アイヒマンもサーラシもとっくに逃亡し、あとに残されたのは黒焦げの死骸の山と無人の廃墟と赤く染まった人民政府だけであった。

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ブダペスト。1945年。

多数の人間を救ったワレンバーグも、スパイ容疑でNKVD(ソビエト秘密警察)によって逮捕され、人しれず獄死したと推測されている。こうしてハンガリーの終焉と共にホロコーストの歴史も幕を閉じた。≪親衛隊全国指導者≫ハインリヒ・ヒムラーは前年10月にガス殺の停止命令を下しており、アウシュビッツも明くる年1月に解放されていた。それでもなお絶滅の追撃は戦争の最後の局面まで続けられていたのである。


ホロコースト歴史地図―1918-1948
伝記世界を変えた人々 (6) ワレンバーグ-ナチスの大虐殺から10万人のユダヤ人を救った、スウェーデンの外交官

ユダヤ人を救った外交官 ラウル・ワレンバーグ
ヨーロッパ ユダヤ人の絶滅
ヒトラーの共犯者
ヒトラーの親衛隊
ホロコースト全証言―ナチ虐殺戦の全体像