差別②

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第二新卒。
そんないい言葉どこにも無い時代だった。


もちろん”第一”と区別するための差別的な響きを持つ言葉なのは間違いない。しかしこの言葉がない時代に“既卒者”と呼ばれて就活したワタクシの体験談を書いておきたい。

四月、大学を卒業しなんの職も決まらないまま地元福岡に帰ったおれであった。無為で堕落した日々。しかし就活は色々と忙しく、合同説明会には何度もあししげく通った。

しかしおれはわかっていなかった。合同説明会ってのは基本的に新卒のためのものなのだ。”第一”のための。だがもはやワタクシは新卒ではなく、”第一”でもなかった。そのことに気づくのが少し遅かった。

居場所がない。。
最初に感じたのは漠然とした居心地の悪さだった。
色んな会社がいて色々と説明してくれている。だが、その説明の対象はどうかんがえてもワタクシではなかった。その対象は新卒であり、”第一”であった。

既に大学を卒業したワタクシは新卒ではなく、ただの無職にほかならなかった。たった一年の違いだけなのに、その差は歴然だった。

説明会では説明を聞くことはできた。だが、エントリーすることは断る企業もいた。ワタクシが”第一”ではないからである。だが門前払いされる方がまだマシだった。いくつかの企業は”既卒者”がエントリーすることを許してくれたが、面接では確実に落とされた。その面接までの時間は無益なもので、確実に落とすとはじめから決めているのだから、門前払いされる方がまだマシだった。

合同面接ではその差をハッキリと感じた。おれともう一人の学生が同時に面接を受けた場合、面接官は露骨におれを無視した。片方の学生にばかり質問するのである。比重が多い少ないの話ではない。完全な無視だった。面接官も二人いて、片方は就職が決まらないまま卒業をする人間がいかにクズであるのかというありがたい話を延々語って聞かせてくださった。そのオッさんの顔は今でもよく思い出せる。オッさんはおれの顔を見ようともせず、もう一人の学生にそんな話をした。もう一人の面接官が私にも質問してくれた。しかし、件のオッさんが「こっちは(相手にしなくて)いい」と苛立たしげに言うのがはっきり聞こえた。で、面接の後小論文の課題が出た。ここでひいたらダメなのかと思い、無駄な努力だとは思ったががんばって書いた。
合否の連絡すらなかった。

別の企業ではやはり合同面接だったが、似たようなもので、面接官はおれを無視し、もう一人の学生にばかり質問した。その企業も合否の連絡さえなかった。

その他、ほんとにかなりたくさんの企業の面接を受けたり、説明会に行ったりしたけれども、ワタクシが既に大学を卒業した無職であるとわかると、企業は手のひらを返したようにワタクシを無視した。それはどんな鈍感な人間でもわかるほど露骨な差別だった。

何社も何社も相手にもされず落とされた。エントリーするだけで健康診断書が必要な企業があった。無職でなけなしの金、それこそ血がにじむような金で病院に行き、健康診断書を出してもらい、そこの説明会を聞きに行った。だが、説明会の後、面接を断る連絡が来た。どうもまた書類だけ見て門前払いを食らったようなのだ。それだけなら良かったが、健康診断書も帰ってこなかった。説明会を受けただけなのに、、、あまりにも非人道的処置だった。

何ヶ月もこうして人間以下の扱いを受け続けた。同じく就活している学生でさえおれが“既卒者”だと知ると鼻で笑った。

それは冷たい冷たい差別だった。

未経験が尊ばれるのは大学に在学しているうちだけ。大学を半歩でも出ればそれは“既卒者”であり、これは差別されても仕方が無い。就職しないで卒業してしまったそいつが悪いのであって、撲滅されるべきなのだ。

これは社会に厳然と存在する暗黙のルール。こんなもんがあるなんて若いころは知らなかったのだ。無知とは恐ろしい。“既卒者”はなんらかの就業経験がなければならない。しかし誰も雇ってくれないのにどうしたら就業経験が?フリーターやニートが増える背景はここにあるのだ。

別に若者が怠惰だからではない。

日本がはらむ構造的差別。今は第二新卒向けの説明会があったりもして、救済措置がはかられているのかもしれない。しかし差別は根深い。おそらく苦い気持ちで自分を責めている“既卒者”がいるのではないかと思う。

就業経験のない“既卒者”に待ち構える最後の末路は、誰でも採用する会社に入ることだ。外食産業、システムエンジニア、先物取引業、これら潜在的ブラック企業が手ぐすねひいて待っている。これらの企業は無能な若者たちを大量に買い込んできて、安い人件費で奴隷労働させる。辞める人間が大半だが、別にそれでその会社は痛くも痒くもない。また似たようなボケーっとした若者たちを大量に連行してアホのような値段で奴隷労働をさせるのである。その死の連鎖によりこれらの企業は生きながらえる。現代の人買い。吸血鬼。そう呼ぶにふさわしい。悪魔。

おれも例外ではなかった。

やっと人間並みに優しくしてくれる企業に出会ったと思った。それは上にも書いたように外食産業だった。悪魔は優しい。先物取引の会社を断った時からそのことは知っていたのに。私は見せかけだけの優しさにすがるしかなかった。もう心は冷え切っており、限界だったのだ。

私は社会を憎んだが、それ以上に自分を責めた。自分がクズだから。自分が悪いから。自分が劣っているから。生きていてもなんの役にも立たない。だから誰もまともに相手にしてくれないのだと。

その外食産業はゼンショーグループ傘下のファミレス。札付きのブラック企業だった。

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あれから十年の月日が経過した。
今でも当時を思い出すことがある。懐かしさや甘酸っぱさなど微塵も感じない。今思い出してもあっという間に心は奈落の淵に立たされ芯から冷え切ってしまう。永遠に消えないキズなのだろう。

魂の死。
人と違う人、能力の劣った人を差別するのをやめられなければ、我々に未来はない。今わかっていることはそれだけである。

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