教育の話

シェアする

20140825-145954.jpg

前の職場の近くでじいさんを引き連れて道端を歩いていたら、近所の小学生がすれ違いざまに「こんにちは〜」などと声をかけてきてくれたものだった。よくしつけられているのだ。


パジャマ着た汚い年寄りと白衣着た目つきの悪いおっさんがいきなり道を歩いていたら異様だし普通こわいと思う。しかし近所に認知症介護施設があると教育されているのか、ちゃんと挨拶をしてくれる。ちょっとヤンチャそうなガキでさえ。

おれはふと自分の中学もこのような感じであったことを思いだした。近所の人には挨拶すべし。身だしなみを整えるべし。学帽は通学中は必ずかぶるべし。ボタンを外して歩くなかれ。髪の毛は染めるべからず、襟足前髪は短かく刈るべしと。

通学中に教師が見回りしていて、学帽かぶってない生徒がいればビンタはって正座させて反省文を書かせていた。反省文は書いたらなんと親の印鑑等々必要となり、ただ帽子をかぶっていないというだけで親にも教師にも袋叩きにされた。

おれはぼんやりとそんな舌を噛み切ったような苦い中学時代を思い出した。

教育は難しい。なにをきれいなこと言ってみたところで、結局恐怖と暴力で統制しているだけである場合が多い。実際、そんな風に厳しい中学時代が終わってみたら、同級生は反動で髪を金髪に染め、ピアスの穴を開け、喧嘩にあけくれたものだった。その中学時代だけお利口にしているにすぎない。恐怖と暴力による秩序は、長い目でみれば必ず崩壊する。

近所の小学生たちも、挨拶をしているのは今だけだ。いまに隣人に挨拶もできないダメな大人になることだろう。

上の学徒出陣の動画、是非改めてみて欲しい。幽玄な光景だ。現実味がない。不釣り合いなほど勇ましい「分列行進曲」が哀しい。
こんなガキばかり万雷の拍手を持って死地に送り出した文部省。連中を信じるな。連中は狼だ。

↑↑
なにか一言メッセージでも残して行ってください