第三帝国極悪伝説25 アドルフ・アイヒマン

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アドルフ・アイヒマン

Adolf Otto Eichmann

抹殺者

adolf-eichmann[1]

所属:帝国保安本部ゲシュタポB4課
出身:ドイツ、ゾーリンゲン
階級:SS中佐(SS-Obersturmbannführer=オーバーシュトゥルムバンフューラー
罪状:ホロコーストの総責任者

1906年、ゾーリンゲンで生まれたアドルフ・アイヒマンはカイザー・フランツ国立実科高等学校を卒業できなかった。親衛隊に入ったあともそれがずっとコンプレックスだった。SDの幹部たちはみんな有名大学出だ…権力を手にしたい。ブイブイ言わせたい。周りにチヤホヤされたい。認められたい。そもそも親衛隊に入ったのが、200センチぐらいの大男※に「うむ!我らの同志になりなさい!!」と有無を言わせぬ口調で押しまくられたからであった。「は…はい、入ります」

権力に弱かった。権威の前にひれ伏してきた。権力を渇望した。権力を手にしておれも威張りたい。それだけであった。この悪魔を突き動かした衝動。それは権力欲だった。

※のちの帝国保安本部長官エルンスト・カルテンブルンナー

さえない仕事ばかりだった。どれもうまくいかなかった。煮詰まったしょっぱい日々。人生をリセットしたいものだ。常々そう考えていた。そんな悪魔の眼前に国家社会主義運動が展開されていた。なんだこりゃ…なんかようわからんが、勢いあるよな。悪魔は呆然とみていたが、なんか強そうなヤツに誘われたし、親衛隊とかいうのに入ってみようか…悪魔はそんな適当な理由で髑髏の結社に入隊した。

退屈な日々だった。軍務はいつも同じ。単調で冗長。繰り返される同じような日々。つまんないな…どこに行っても同じだな。
Eichmann[1]1

悪魔はここでも煮詰まったしょっぱい日々を送る。なんか面白いことないんか。そんな悪魔の眼前にSD隊員の応募書類があった。何か新しいことを求めて悪魔はSD(ジッヒャーハイツディーンスト=保安部=ナチ党の情報部 )に応募した。そして採用された。

SDでの生活は悪くなかった。悪魔は反ユダヤ主義と出会った。その反ユダヤ主義の勉強に没頭した。≪敵≫を学ぼうと≪敵≫の言語をマスターしようとした。適当なユダヤ人を捕まえてヘブライ語を教えさせた。≪敵≫の文化や歴史も学んだ。そんなニッチなことしてるヤツは珍しかった。悪魔は≪敵≫についての講演を行うまでになった。

SDの同僚は皮肉をこめて悪魔を≪スペシャリスト=専門家≫と呼んだ。悪魔は有頂天になった。はじめて人に注目された。おれはこの道を行けば出世もできる!悪魔はますます反ユダヤ主義にのめり込んだ。

悪魔は新設の≪帝国保安本部(=RSHA)≫の第Ⅳ局B4課※に配属された。彼が≪敵≫の≪スペシャリスト=専門家≫として頭角を表していたからであった。

※Ⅳ=ゲシュタポ
B=宗派
4=ユダヤ教

悪魔が少年時代を過ごしたオーストリアは大ドイツ帝国に参入した。国はお祭り騒ぎだ。帝国の領土は増えたが害虫も増えた。害虫は、駆除しなければ。悪魔は帝国保安本部から本格的な任務を与えられた。害虫をオーストリアから駆除するのである。悪魔にはじめて与えられた大きなヤマだった。

悪魔はまず害虫駆除に同じ害虫を使うことにした。ユダヤ協会と協力し、移民センターを設置した。そこで亡命希望するもののための特別な旅券を発行したのである。だが、その旅券は全財産と引き換えに”購入”するものだった。害虫は金儲けがうまい。金持ちの害虫の身ぐるみを全部ひっぺがし、残った貧乏な害虫を強制駆除するための資金とするのである。こうして15万人のユダヤ人が着の身着のままでオーストリアを追放されていった。

この悪魔の発案した手法は帝国保安本部の中枢に激震を引き起こした。ユダヤ人の追放を金になるビジネスに変えたのはアイヒマンが初である。ユダヤ人協力者を使ったのもアイヒマンが初である。「アイヒマンのオーストリアのモデル」はその後様々な場所で模倣される。巨大な殺戮機構の忌まわしい第一歩であった。

じきに戦争が始まった。みるみるうちに≪ライヒスコミッサリアート=帝国領土≫は拡大して行く。領土は増えたが害虫も増えた。悪魔は害虫をマダガスカル島に追放する大仕事に没頭していたが、マダガスカル島へ至る海上ルートは米英に完全に掌握されている。悪魔の計画は開戦によって無残に頓挫した。それどころか、ますますたくさんの害虫を帝国は獲得し続けていたのだ。

もう追放じゃあ追いつかない。”ライヒ”の最も高いところからユダヤ人の絶滅が命令された。悪魔の上司…悪魔と同じく彼も悪魔の二つ名を持つ男だった。※上司は落ち着かない様子で、ワナワナと震える声で悪魔に語りかけた。

“≪総統≫はユダヤ人の肉体的な絶滅を指示された”

悪魔は上司がはじめ何を言っているのかわからなかったがそのうち理解した。なんの感慨もわかなかった。悪魔は上の考えていることに興味はない。興味があるのは命令であり、命令を遂行して褒めてもらえるかどうかであった。この上司はいつも悪魔を褒めてくれる理解者でもあった。

※保安警察及び保安部の最高指導者、オーバーグルッペンフューラー、ラインハルト・ハイドリヒ
親衛隊でヒムラーにつぐナンバー2の地位にあった。

東部では害虫を文字通り一匹一匹駆除しているという。キエフで。ミンスクで。オデッサで。あらゆるところで。悪魔もミンスクでSDの特殊部隊が現地民兵と協力して害虫を銃殺している光景を視察した。気分が悪い。なんて効率の悪い方法だろう。未来あるドイツの青年をサディストに養成するだけだ。悪魔は銃殺するという方法に反対だった。

悪魔の考えたことは的を得ていた。数々のドイツ兵が神経症を患って前線から落伍していたのである。もっと兵士に負担のかからない駆除方法を考えなければ…

国内の出来損ないども※を駆除していた方法はどうだ?実績はあるしおあつらえ向きだろう。ソ連から鹵獲した潜水艦の汚いディーゼルエンジンの排気ガスを使うのだ。

※ナチスは障害者を根絶しようとした

悪魔はこのガス有蓋車による処刑も視察した。なんとも野蛮な方法だった。ガスったって効率悪いよ!なかなか死なないし悲鳴は丸聞こえだし。時間がかかりすぎるし死体の片付けは汚くておぞましい。なんじゃこりゃ。これじゃあ≪民族の宿敵≫を殲滅するのに一体何百年かかるんだい!引きずり出されるまだ関節のしなやかな死体の山をみて、悪魔は急いでその場を走り去った。あー胸がムカつく。もっとスマートな方法はないものかねえ。

アウシュビッツ絶滅収容所で革命的な殺戮機構が完成された。殺鼠剤のツィクロンBを使うのだ。密閉された空間で使えばものの数十分で人間をまとめて殺すことができる。

1942年1月、ベルリン郊外ヴァンゼー湖畔の邸宅で、”上司”主催の会議が開かれた。各界より重鎮が招かれた。上司は≪敵≫を滅するためのあらゆる権限を≪帝国元帥≫※から与えられたと居並ぶ重鎮たちを前にぶち上げた。

※ライヒスマルシャル=ゲーリング
ナチ党ナンバー2と目された男

いかにして≪敵≫を滅するのか。率直な言葉で話しあわれた。悪魔はそれら”率直な言葉たち”を耳ざわりの良い言葉に書きかえ、議事録に記録した。

かくして帝国各界の意志の統一ははかられた。会議が終わると悪魔は上司と一服した。そこにはゲシュタポ・ミュラー※もいた。あんなにくつろいだ様子の上司をみたのははじめてだった。
いまや帝国の総力を結集して一丸となって≪敵≫を斃す時なのだ。

※ゲシュタポ長官ハインリヒ・ミュラー

そうと決まれば話は信じられないぐらい早かった。ライヒスコミッサリアートからアウシュビッツへ何万もの害虫の移送が決まったのだ。ポーランドのルブリン管区は一大絶滅センターとなるのである。ルブリン管区に、≪親衛隊及び警察指導者(=SSPF)≫が設置され、そのポストには≪親衛隊全国指導者≫※の腹心※が就任した。帝国は本気だ。空前の規模の移送が始まる。悪魔はその責任者として、一台でも多くの列車を手配し、スムーズに移送されるよう関係省庁と連携をとった。

※ライヒスフューラー=ヒムラー
親衛隊の最高指導者
※グルッペンフューラー、オディロ・グロボチュニク

汽車が遅延しようものなら悪魔は烈火のごとく怒り狂った。
“どうなってんだおらーー!!”
一つの車両に100匹の害虫を詰め込んだ。水の入ったバケ×と用便のための空のバケ×とがひとつずつ。

数百万の害虫が絶滅センターへ運ばれた。一度悪魔は害虫の死骸を焼く姿を視察するためアウシュビッツへ向かい、所長※と話した。所長は話のわかるいいやつだった。悪魔の立場を理解してくれようとしていた。だが、死体を焼く光景は胸くそが悪かった。なんじゃこりゃ…。悪魔ははじめて自分がどこへユダヤ人を送り込んでいたのか理解した。悪魔の仕事は移送の調整だけ。誰一人その手にかけたことはない。悪魔は忌まわしい光景を記憶の奥底にしまいこむことにした。

※オーバーシュトゥルムバンフューラー、ルドルフ・ヘース

「もう思い出す気はない。」

悪魔はその後も移送を続けた。いまや数万人の命の行方が悪魔の意のままだった。総責任者として権力をふるう。それは悪魔の長年の願いだった。権力の座を手放す気はない。
おれはこの道の”スペシャリスト”だ。悪魔はそう自負していた。

“おれよりこれをうまくやれるヤツはいない”

戦争後期。前線がすぐそこまできていた1944年の春。ナチはハンガリーへ侵攻した。ハンガリーには75万人にも及ぶユダヤ人コミュニティーが生き残っていた。≪わが総統≫はついにハンガリーのユダヤ人コミュニティーの絶滅を命令されたのだ。≪ライヒスフューラー≫閣下も期待してくれている。

ドイツ国防軍の11個師団と航空艦隊が、瞬く間にハンガリー全土を占領した。

ブダペストのホテルマジェスティックに悪魔とその信頼する仲間たちによる特別チームが”絶滅本部”をかまえた。悪魔はこれまで通り、ユダヤ人協会を取り込み、裏から操り、ユダヤ人を効率よくかき集め、地獄に移送した。

“快適な収容所がある。空きがあるうちにいらっしゃい。ハイキング用に丈夫な靴を忘れないで。”

ナチが言えば誰も信じなかっただろう。だが、これをいったのは同じユダヤ人であった。東部戦線の兵隊には靴が不足していた。全て奪いとり、地獄の釜の中に投げ込むつもりだった。

たった3週間で75万人のユダヤ人のうち30万人がアウシュビッツに送られた。1日に移送される害虫は15000匹以上。途方もない規模だった。悪魔はこれまで積んだ経験をいかんなく発揮し、手際良くやってのけたのだった。

アウシュビッツのことが外国へもれ始めると、諸外国から非難の声が殺到した。もはやアウシュビッツは秘密でも何でもなかった。悪魔はヒムラーに命令されて生き残ったユダヤ人を人質に金や物資で売りはじめた。だが悪魔は害虫を売るなんて好みではなかった。害虫は確実に殺すべきなのだ。

諸外国からの批判を受けて、もはや置物とかしていたハンガリー政府の摂政ホルティはアウシュビッツへの移送を中止するよう命令した。しかし悪魔はそれでも移送を続けた。ホルティが中止した移送を再開するよう働きかけた。そしてついにライヒスフューラーも悪魔に移送のストップを命令した。もう戦争は負けだ。戦犯裁判なんてごめんだよ。生き残ったユダヤ人を助けて人道的なふりをしてなんとか逃げのびよう。ライヒスフューラーの腹づもりはそんなものだった。だが悪魔は納得できなかった。まだ殺す。もっと殺す。悪魔の心を憎悪が染め上げた。

ほどなくしてホルティは失脚した。このごに及んでハンガリーの親ナチ極右組織”矢十字党”が政権をとって、ユダヤ人を一人一人銃殺しドナウ河へ投げ込み始めたのだ。そのため悪魔はまたハンガリーへ戻ってくることができた。

“どうかね諸君!私はまたここへ帰ってきたぞ”

米空軍もアウシュビッツの巨大な煙突を何度も目撃したのに、爆撃などしなかった。まるで世界中が悪魔の犠牲者に背を向けているようだった。

ネズミをいたぶる猫のようなハンガリーのホロコーストは、結局ブダペストに迫る赤軍の砲撃で終わりを告げた。赤軍を振り切るため、悪魔は4万匹の害虫を前線から遠いオーストリアへ移動させ始めた。線路はとっくに爆撃され、汽車もない。移動は徒歩だった。栄養失調のガリガリの骸骨がボロをまとって街道を行進した。機関銃を構えたSS隊員が彼らを監視し、倒れた者は即座にトドメを刺された。行進のあとには無数の行き倒れたユダヤ人が無残な骸をさらしていた。

最後の瞬間、最後の瞬間まで絶滅の追撃は続いた。結局彼らが無辜の人間たちが悪魔の手から解放されたのは戦争が終わるころ、1945年の春であった。悪魔は偽の身分証明書を持ってさっさと逃亡していた。

悪魔は各地を点々とした。ヴァチカンの司教が悪魔のためにアルゼンチンへの逃亡ルートを用意してくれた。悪魔はもう悪魔ではなかった。軍服を脱ぎ、ただのさえない男になった。南米では反省のないドイツ人や物見高い現地人によってアイヒマンは助けられ続けた。1960年、イスラエルの諜報特務庁モサドが、長年追い続けていた悪魔の正体に辿り着いた。悪魔はただの腑抜けた男だった。知能は高そうだが従順で協力的でさえあった。

彼はイスラエル最初の、そしてこれまでのところ最後の死刑判決を受けた。死刑の当日、アイヒマンは「君たちがすぐあとから来てくれることを期待している」と、こう言った。異様に平静だった。
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1時間にも渡ってアイヒマンは吊るされた。そして死体は焼かれ、灰は散布された。アイヒマンの犠牲者が皆そうされたように。アイヒマンを思い出せるものは何一つイスラエルには残っていない。

彼は命令に従っただけの陳腐なただの男だったのか、悪魔に魅入られた殺しのエキスパートだったのか、もはや正確な判断を下すことはできない。ナチ親衛隊でこれほど暴虐を尽くした”悪魔”の階級はオーバーシュトゥルムバンフューラー。軍隊でいえば中佐にすぎない。ナチ親衛隊には中佐は1000人以上いたのだ。

アイヒマンは非凡な”悪魔”だったのか?それともナチが作り上げた完成度の高い虐殺機構のうもれた歯車の一本にすぎないのか?

ゲシュタポ長官ハインリヒ・ミュラーがこんな言葉を残している。

“我々にアイヒマンが50人いれば戦争に勝てたのに。”


ヒトラーの共犯者
ホロコースト全証言―ナチ虐殺戦の全体像
秘密警察ゲシュタポ
髑髏の結社 SSの歴史 上下
ナチ親衛隊知識人の肖像
ナチスの知識人部隊
ヒトラーの親衛隊
ホロコースト歴史地図―1918-1948
ヨーロッパ ユダヤ人の絶滅
ホロコースト全史
伝記世界を変えた人々 (6) ワレンバーグ-ナチスの大虐殺から10万人のユダヤ人を救った、スウェーデンの外交官
ユダヤ人を救った外交官 ラウル・ワレンバーグ

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