第三帝国極悪伝説22
フォン・ライヘナウ

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ヴァルター・フォン・ライヘナウ

Walther Von Reichenau

ナチのユダヤ人虐殺に手をかした国防軍元帥

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所属:ドイツ国防軍第六軍
出身:ドイツ、カールスルーエ
階級:陸軍元帥
罪状:独ソ戦初期に麾下部隊にユダヤ=ヴォルシェビズムの一掃を命令。実際に子供90人の処刑命令をだした。

ヘルマン・フェーゲライン親衛隊大佐が髑髏騎兵連隊を率いてプリピャチ沼沢地で大々的な虐殺作戦を実施したのと時を同じくして、新たな惨劇が幕をあげようとしていた。 

1941年8月、進撃を続ける《ヴェアマハト=(ドイツ国防軍)》の第六軍の作戦領域でその悲劇は起きた。第二九五師団の無線通信士、フランツ・コーラーはウクライナの首都キエフの南西部に位置する都市、ヴェーラ・ツエルクヴァに向かっていた。到着してみるとユダヤ人地区で銃声が聞こえる。アインザッツグルッペC隊のゾンダーコマンド4aと《武装親衛隊》、それらに率いられたウクライナ民兵がユダヤ人を処刑しているところだった。

コーラーは戦慄の光景を目にした。「老いた男と二人の女がいた。女たちは男の娘に違いない。その三人が最後だった。男は女二人を両腕に抱いていた。そこへSSが来て、三人を拳銃で射殺した。後ろから首筋を撃ち抜いて。」コーラーは震え上がって、この人たちの子供はどうなるんだ、と特殊部隊に尋ねた。「われわれには関係がありません。われわれはただ14歳以上から年寄りを射殺します。子供のことは知りません。

コーラーがこの時案じた子供達の処遇が明らかになったのは数日後だった。SSは海岸にある建物の中に子供達を閉じ込めていたのだった。水もパンも与えずに。その数は90名にのぼった。劣悪な環境の中、子供達は漫然と命をつないでいた。生後数ヶ月の赤ん坊から5、6歳ぐらいの子供達だった。ウクライナ民兵がそれを監視した。閉じ込められた子供達の泣き声が辺り一帯に響いた。状況をみかねた従軍司祭が許可をとって小屋を調査したところ、皆排泄物にまみれた床の上に横たわったり座ったりしており、足や下半身にはハエが群がっていた。2、3歳の子供が壁の漆喰を剥がして食っていた。ひどい悪臭だった。赤ん坊はずっと泣き続けていた。

更に司祭が知ったところによれば、この子達の親は既に処刑されたユダヤ人で、この子達も銃殺されるのを待つばかりだという。

子供まで殺すつもりだという事実に震撼して国防軍将兵から第六軍野戦司令官フォン・ライヘナウ元帥に対し抗議の声があがった。だが、ライへナウ元帥は既にこう宣言していた。「ユダヤ人の女と子供を早急に抹殺しなければならない。方法はどうでもいい」と。子供達を救おうとする努力は無駄に終わった。「いったん開始された作戦は、目的通りに遂行されるべきである」ライへナウはそっけなくこう言った。

ライへナウ元帥のいう”作戦”とはなんなのだろうか。ライへナウは国防軍の司令官でありながら熱狂的ナチで、彼の発した命令はヒトラーをおおいに喜ばせた。いわく「ユダヤウンターメンシェ(=下等人種)に対し厳しいが正当な罪の償いをさせること、兵士はその必然性を完全に理解せねばならない。ユダヤは背後で反乱を企んでいる。これを芽のうちにつみとることだ。部隊の背後にパルチザンの武器使用が確認できたならば、それに対し熾烈な措置を遂行しなければならない。」

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真ん中の略帽をかぶっている人物がライヘナウ元帥


独ソ戦はイデオロギーの戦争だった。お互いの全存在を抹殺することが戦争目的だった。国防軍は当初からこの絶滅戦争に大きく加担していた。ユダヤ人をボリシェビズムと結びつけ、一緒くたに殲滅すべしというのはナチイデオロギーの基本である。国防軍もナチイデオロギーと無関係ではなかった。占領地のユダヤ人を区分けし、黄色いダビデの星をつけさせたのも国防軍の野戦司令官たちだった。ユダヤ人の男を問答無用に処刑することはむしろ当然の愛国的行為であった。そして死闘の中で両軍は憎悪と報復感情を無限に増幅させて行ったのだ。

だが、にも関わらずヴェーラ・ツエルクヴァの子供達を誰が処刑するのかという件で国防軍内で議論が起こった。子供と大人は違う。後にバビ・ヤール大虐殺でその悪名を轟かせたゾンダーコマンド4aですらその汚れ仕事を嫌がった。故郷に子供を残している兵士も多く、子供の処刑はどうしても精神的負担が大きい。そこでウクライナ民兵にやらせようという声が上がった。この提案には誰からも抗議が起こらなかった。

フェーゲラインのプリピャチ沼沢地での大虐殺と、このライヘナウの子供の処刑命令は、今後将兵の間に曖昧に存在していた《ユダヤ=ボリシェビズム》の、その女と子供をどうするのか?という疑問を最悪の形で解決させてしまった。これ以降女も子供も《ユダヤ=ボリシェビズム》の定義に含まれ、絶滅されねばならなくなったのである。

ライへナウ元帥はたびたびドイツ国防軍の野戦司令官として、アインザッツグルッペと共同し、ユダヤ人の虐殺命令を出した。
ヒトラーに気に入られ南方軍集団司令官に就任した直後の1941年12月に発作を起こし、その後死亡した。


ホロコースト全証言―ナチ虐殺戦の全体像
http://desertwar.net/walther-von-reichenau.html

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