第三帝国極悪伝説16 第101警察予備大隊 その①

シェアする

第101警察予備大隊の犯罪

その①

Das reserve-polizei bataillon 101

inspectionatlodz[1]

拠点:ハンブルク
隊長:ヴィルヘルム・トラップ少佐
罪状:ユゼフフ、ウォマジーなどで銃殺任務、ルブリン管区北部での絶滅収容所への強制移送

ハンブルクに拠点を置く第101警察予備大隊も、最もホロコーストに深く関与したドイツ警察部隊である。

秩序=通常警察(ORPO)とホロコーストについてはハインリヒ・シュナイダーを参照されたい。

クリストファー・ブラウニングの「普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊 」は、この警察大隊の悪夢の如き所業が非常に細かくゲップが出るほどたっぷり丁寧に綴られている狂気の書である。
同大隊は、ポーランドのユゼフフ村、ウォマジーでのユダヤ人の大量銃殺にはじまり、ラジニ郡付近でのトレブリンカへの強制移送任務に従事し、その悪行はかなり有名で資料も多い。大隊はちょうど《特別出動集団=Einsatzgrppen》によるユダヤ人の銃殺任務がひと段落し、死のガス室の時代が始まろうとしていた中間期に最も活躍した。銃殺による処刑は隊員の精神的負担が大きく、自殺者・落伍者が続出していたため、もっと負担の軽い殺し方が必要だった。それがガスである。

ルブリン管区にすえられたSSPF(親衛隊及び警察指導者)グルッペン・フューラー(SS中将))オディロ・グロボチュニクライヒスフューラーの命令を受け、管区の全ユダヤ人を絶滅収容所に送る任務をこなさねばならなかった。ラインハルト作戦である。しかし作戦当初は列車の調達・流通がスムースに行かず、移送が滞る事態も起こった。虐殺任務を中断し、部下の武装警察隊を遊ばせておく気など毛頭なかったグロボチュニクは移送再開までの間銃殺による処刑を復活させる。その先鋒に選ばれたのが第101警察予備大隊である。

大隊指導者ヴィルヘルム・トラップ少佐は、ごく平凡な警察官で当初この虐殺任務に非常に消極的で、涙を流しながら苦悩する姿が目撃されたという。彼の部下の2人の中隊長は若き青年SS隊員だったが、トラップに限らず、警察大隊隊員の多くは普通のドイツ人で、SSに所属しているものはわずかだった。建設業者や教師などそれぞれの隊員が警察になる以前に別の職業を持っていた。狂信的なSD隊員やゲシュタポがいたわけではない。だが、それでもこの大隊の「仕事ぶり」はすさまじかった。

1942年7月13日、ユゼフフ村で同大隊の最初の虐殺作戦がはじまった。この村に居住するユダヤ人1800名はいまや労働可能男子と女子供老人に分けられ、男は収容所に、他は同大隊によって絶滅されねばならない。トラップ少佐はこの虐殺作戦に参加したくないものは外れることができると訓示したが、その呼びかけに応じた者はわずかだった。彼らもまた同僚に臆病者、卑怯者と謗られることを恐れていたのである。

ユゼフフのユダヤ人地区からユダヤ人たちが狩り集められ、動けないものが射殺され、大気は悲鳴と銃声で満たされた。
警察官たちは大隊医師によっていかに撃てば苦しみを与えず即死させられるかをレクチャーされ、処刑が始まった。

行進させられていた労働ユダヤ人たちに、最初の一斉射撃音が聞こえた時点で深刻な動揺が生まれた。幾人かは地面に身を投げ出して泣き始めた。彼らはこの時点で背後に残してきた家族が射殺されるのだということをはっきりと悟ったのである。

47429[1]

ユゼフフから数km離れた森の中が処刑地点だった。ユダヤ人たちは一列になってその場に伏せるように命じられた。警官たちは背後から彼らに近づき、先ほど教えられた通りに肩甲骨の上の背骨にライフルの銃剣をあてた。そして引き金をしぼった。誰かが銃殺班のためにアルコールを調達してきた。銃殺はほとんど休みなく続けられたので隊員はその日の終わりまでにはいったい何人のユダヤ人を殺したのかわからなくなっていた。それはいずれにしても膨大な数であった。

警官たちの中には任務から外してもらえた者もいたが、真面目にやったばかりに神経がまいってしまった隊員も多くいた。森までユダヤ人を運ぶある運転手は一回運んだだけで参ってしまい、嘆願して仕事から外れた。

処刑は予定していたペースよりだいぶ遅れていたため、グナーデ少尉の第2中隊が銃殺に加わった。最初から銃殺任務に従事していた第1中隊と異なり、第2中隊は医師のレクチャーを受けずに自由裁量で撃ってしまった。しばしば高く狙いをつけすぎて頭蓋骨は全部破裂してしまった。その結果、脳髄と頭骨がいたるところに飛び散り、隊員自身の体にも血や骨の破片や脳がふりかかった。軍服はベトベトに汚れた。

Massenerschiessung-an-juden-auf-dorfstrasse[1]1

落伍者はますます増えた。ある隊員は老女を一人撃っただけで神経がズタズタに引き裂かれ、嘆願して任務から外れた。アルコールと神経の消耗から誤射が続発した。その結果ユダヤ人の婦女子は不必要に体を痛めつけられ、苦しみが長引いた。また少しでも弾道が上にそれると後頭頭蓋骨は全て吹っ飛び脳髄がむき出しになるのだ。隊員たちの多くはこの大残酷に耐えられなかった。ユダヤ人犠牲者の中にはドイツ系ユダヤ人もいたため、そのことが更に隊員の気を滅入らせた。

あたりが暗くなっても処刑は終わらなかった。森の中ではユダヤ人をうつぶせにさせる場所を見つけるのが難しくなってきた。暗くなると射撃はますます不正確になり処刑はより慌ただしいものとなった。だがついに午後9時頃、任務開始から17時間ほど経ったころ最後の銃殺が終わり隊員たちは帰投の準備を始めた。死体は埋葬されずただ放置された。

隊員たちが兵舎に帰り着いたとき、彼らは暗澹たる気分でイラついたり心をかき乱されていた。何も食べずにあびるように酒を飲んだ。アルコールは気前よく提供され警官の多くは泥酔した。トラップ少佐は隊員たちを労って周り、彼らを慰め、元気づけ、責任は上にあると言ってまわった。ユゼフフでの狂気の虐殺作戦は箝口令が敷かれるまでもなく絶対的なタブーとなり、多くの隊員はこの日のことを生涯口にしなかった。

その後、101予備大隊はルブリン管区の北部地域に向かった。次なる虐殺作戦のために・・。

police-bataillon-101


普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊
ヒトラーの親衛隊
http://resources.ushmm.org/inquery/uia_doc.php/photos/12415?hr=null
http://www1.uni-hamburg.de/rz3a035//police101.html
http://www.holocaustresearchproject.org/einsatz/polbat101.html

戻る

↑↑
なにか一言メッセージでも残して行ってください