第三帝国極悪伝説15 ヴァルター・レーダー

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ヴァルター・レーダー

Walter Reder

マルツァボットの虐殺

Walter20Reder2031.SS-Panzer-Division20Totenkopf20and20the2016.SS-Panzergrenadier-Division20ReichsfC3BChrer-SS[1]

所属:SS第16装甲擲弾兵師団「Reichsführer-SS」

出身:オーストリア=ハンガリー帝国、Freiwaldau(現チェコ)

階級:SS少佐(SS-Sturmbannführerr=シュトゥルムバンフューラー) 罪状:イタリア、マルツァボット村で800人の村民を皆殺しにした。

「やがて来たる者へ」という地味なイタリア映画がある。映画としてはそこまで楽しいものではないが、この映画は北イタリアで起こった「マルツァボットの虐殺」を描いた唯一の映画である。村を襲う《武装親衛隊=WAFFEN-SS》の容赦のなさに打ちのめされることうけあい。暇な人は観て欲しい。1944年晩夏、この平和なキリスト教の村を《WAFFEN-SS》が襲撃し完全に破壊。住民のほぼ全員を虐殺。女も子供も老人も聖職者さえも一切の慈悲なく皆殺しにされた。髑髏師団出身のSS将校”片手のヴァルター・レーダー”率いるSS装甲擲弾兵連隊の犯行であった。
レーダーは1915年、現在でいうチェコで出生。ドイツ国籍を取得後SSへ入隊。SS第3装甲師団(髑髏師団)へ配属される。第二次大戦が始まると、ポーランド侵攻作戦、西方電撃戦に従事し第2級鉄十字章を授与される。

バルバロッサ作戦が始まると髑髏師団第1連隊第11中隊長としてレニングラード戦も経験する。1941年9月には首に負傷するが一ヶ月で前線に戻された。その後も東部戦線で死闘を繰り広げ、1943年にはハリコフの南方付近で激しく左腕を負傷し、結局切断するハメになった。 だが、片腕を失ってもレーダーの戦争は終わらなかった。その後新設のフォルクスドイッチュ(民族ドイツ人=ドイツ国籍を持たないアーリア系のこと)主体のSS第16装甲擲弾兵師団「Reichsführer-SS」へ配属。第36装甲擲弾兵連隊を指揮する。

1944年晩夏、レーダーの連隊は北イタリアにおけるパルチザン掃討の命令を受けて作戦行動を開始した。 当時、連合軍に降伏したイタリアではバドリオ政権が発足し、英米連合軍総司令官アレクサンダーと共にイタリア・パルチザンに対して決起を呼びかけていた。いわく「ドイツ人を背後から殺せ、そうすればさらに多くのドイツ人どもを殺せるのだ」この呼びかけに対し、1500人の部隊を擁するパルチザン組織「ステラ・ロッサ」と、共産系パルチザン「ルネンセ」は活動を活発化させ、ドイツ軍補給物資の輸送ルートを妨害した。彼らは一般市民の服装かドイツ兵に偽装して戦うゲリラ部隊であった。

第16師団長グルッペンフューラー(SS中将)マックス・シモンはレーダーに「ステラ・ロッサ」撃滅を命令、9月29日朝、作戦は開始された。激しい戦闘の末、パルチザン側は718人の死者を出し敗退。レーダーはなおも拠点の追撃・捜索を続け、776人のマルツァボット村の一般市民がパルチザンの一味という容疑で銃殺された。また456人の一般市民が強制労働のためドイツへ拉致された。

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「Reichsführer-SS」のⅣ号戦車

虐殺に恐れおののいた人々は教会へ逃げ込み祈りを捧げていた。武装親衛隊はそんな祈りを捧げる無防備な人々に対し機関銃を撃ち込み手榴弾を投げ込んで皆殺しにした。教会の神父も信者もその子供たちも全て。また別に人々を墓地にかき集め虐殺。殺し方も残虐で冬の終わりには首を切断された神父の死体が発見されたという。

マルツァボットは完全に破壊され、800の建物が焼き払われた。7つの道路が完全に破壊され、学校、墓地、橋、教会などあらゆるインフラ設備も同様に破壊された。 犠牲者のうち45人が2歳未満、110人が10歳未満、95人が16歳未満の子供達であった。また142名が60歳以上の高齢者で316人は女性であった。カトリックの聖職者も5人殺されている。全く無差別の容赦ない虐殺であった。これは西部戦線で最も残酷で大規模な虐殺である。SSは死者を埋葬することを禁じ、弔おうとした神父をも射殺した。

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マルツァボットの虐殺

レーダーは戦後米軍によって拘束され、51年にイタリア軍事法廷によって終身刑の判決を受ける。控訴は却下されたが、レーダーの減刑嘆願に28万通もの手紙がイタリア政府に送られたという。1980年に不定期刑が言い渡され84年にはレーダーが手紙の中でマルツァボット村の住民に対し「深い後悔」を表明。85年に出所した。出所してすぐにオーストリア国防大臣によって名誉勲章を受けた。91年にウィーンで死去。 レーダーは軍服からもわかるように髑髏師団出身で、その経歴はフリッツ・クノッホラインそっくりである。東部戦線で地獄を見てきた歴戦の古兵が、西部戦線でも「東部戦線のようなノリ」で戦ってしまうとしばしばこういう悲劇が起こったようだ。これはアドルフ・オットーディークマンにも近いものがある。これらの人物の犯罪から《WAFFEN-SS》という戦闘集団の性質を推測することもできるだろう。私から言えるのはただ一言。”マジにヤバい連中”ということだけである。

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レーダーと似た経歴を持つフリッツ・クノッホライン

※マルツァボットの虐殺の犠牲者は1800人という説もあるが、それは誇張で実際は800人弱程度だろうと言われている。

余談:なぜここまで執拗にキリスト教徒やその教会を徹底的に撃滅することに一切ためらいを持たなかったのだろう?ドイツ人はキリスト教ではないのか?その答えはSSの思想教育にあるかもしれない。SS内部ではキリスト教は臆病・惰弱の象徴と見なされ、教会通いや信仰の破棄を求める運動が活発で、教会通いを続けているSS隊員は他の隊員の前で「まだ教会なんか通ってるのぉ~?教会通いが許されるのって中坊までだよね~」なんて感じかは知る由もないがとにかくそうやって嘲笑されたそうだ。つまりキリスト教に対する仲間意識だとか哀れみだとかの感情は、SS隊員は(特に髑髏部隊隊員は)持ち合わせていなかったと見るのが妥当だろう。少なくとも組織の中では弱いださいキリスト教はぶっ潰すべきだゼ?という態度を見せておくのが彼らの世間体だったと考えることができそうだ。だからドイツ軍は民間人を虐殺する時教会を利用するのもためらわないのである。ほんとにひどい連中だね・・。ブラックメタルの連中がSSを好むのも当然と言えるでしょう。いやはや余談でした。。忘れてください。。

un-primo-piano-di-un-soldato-tedesco-tratto-dal-film-l-uomo-che-verra[1]

「やがて来たる者へ(L’uomo che verrà)」


世界戦争犯罪辞典 http://en.wikipedia.org/wiki/Walter_Reder http://en.wikipedia.org/wiki/Marzabotto_massacre http://www.asyura.com/07/war87/msg/910.html http://www.fermi.mn.it/2%5Eguerra%20mondiale/html/heroes.html

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