第三帝国極悪伝説14 ハインリヒ・シュナイダー

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ハインリヒ・シュナイダー

Heinrich Schneider

ユダヤ嫌いのおまわりさん

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所属:第309警察大隊
出身:ドイツ、バルメン(=ヴッパータール)
階級:SS大尉(SS-Hauptsturmführer=ハウプトシュトゥルムフューラー)、警察大尉
罪状:ビャウィストクで2200人のユダヤ人の殺害に関与

1914年バルメンにて出生。第309警察大隊へ入隊。ホロコーストに関与したのはゲシュタポやSDばかりではない。通常=秩序警察と呼ばれる一般の警察官も東部戦線に多数動員されてユダヤ人を抹殺していた。《アインザッツグルッペ》に加わるものもいたし、後方の保安任務に就いて各軍区のSSと警察の最高司令部HSSPF(親衛隊=警察高級指導者)に命じられて強制収容所への移送任務や銃殺任務についた部隊も数多く存在していた。第309警察大隊の指揮官ヴァイス少佐は顔写真もみつからなければ詳しい経歴も不明であるが、彼の部隊が犯した犯罪はかなりド派手である。
1941年7月、ソ連、ビャウィストク市で2200人のユダヤ人を虐殺したのである。ドイツ軍のソ連侵攻《バルバロッサ作戦》の前夜、第309警察大隊のヴァイス少佐は部下の中隊指揮官を召集し口頭でいくつかの命令を彼らに告げた。第一の命令は悪名高い《コミッサール指令》である。ソ連の軍・官僚・共産党員・政治委員・人民委員は戦争捕虜であることを否定され、即座に容赦なく処刑されねばならないのである。第二の命令は《バルバロッサ命令》と呼ばれる。それはソ連の文民に対する軍の行動を軍法会議の管轄から解き放ち、ロシアの村落に対する集団的報復をはっきりと是認するものであった。この命令は事実上のロシア人民に対する射殺免許に他ならなかった。

更にヴァイス少佐はこう続けた。”この戦争はユダヤ人と《ボリシェビキ》に対する戦争である”ユダヤ人は情け容赦なく処刑されなければならない。少佐の考えでは《総統》の命令の意味するところは、ユダヤ人は年齢や性別に関わりなく、すべて撲滅されなければならないのであった・・。

6月27日、ビャウィストク市に入るとヴァイス少佐は309大隊にユダヤ人居住区をくまなく捜査し、男性ユダヤ人を捕らえるように命じたが、捕らえた彼らをどうするのかは具体的に述べなかったという。しかし、独ソ開戦前夜に訓示したところによれば、その意図は明らかであったはずである。シュナイダーら部下の将校たちは、大隊指導者の意図をくみ、ユダヤ人たちを残らず市場やシナゴーグ(教会)へかり集め、鞭打ったり恥辱を与えたりあごひげに火をつけたりきまぐれに射殺したりした。病人はベッドの上で寝たまま射殺された。幾人かのユダヤ人指導者が、この地区の国防軍の将軍に助けてくれるように嘆願したが、警察大隊の隊員に小便をかけられただけだった。

シュナイダーもこの時酒を略奪し、飲みまくってユダヤ人を少なくとも5人射殺した。彼は極度のユダヤ嫌いとして知られており、「ユダヤ人のことが話題に上っただけでもう、頭に血がのぼる」ともっぱらの評判だった。アルコールの影響で彼の暴力性は極限まで猛り狂った。

市場に集められたユダヤ人は壁に向かって並ばされ、射殺された。殺戮は暗くなるまで続けられた。少なくとも700名の生き残りのユダヤ人がシナゴーグに集められた。おびただしい人々が銃の台尻で殴られながら押し込められた。これ以上一人も入れなくなるぐらいに。ユダヤ人たちは自分たちの身に迫る運命を悟り、大きな声で祈り始めた。しかしその祈りもすぐに悲鳴に変わる・・。

シュナイダーの部隊が教会を警官で取り囲み、入り口にかんぬきをかけ、誰も出れないようにした上で、ガソリンをかけて火を放った。その後手榴弾が窓から投げ込まれ、逃げようとした人々に向かって容赦なく機関銃の銃弾が浴びせられた。

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焼かれたシナゴーグの廃墟

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309警察大隊の虐殺中の航空写真

翌日荷馬車30台分の死体が集団墓地に運ばれた。ビャウィストクの虐殺の犠牲者は2200名にのぼった。

ヴァイス少佐は酔っ払っているところを《国防軍》に見つかり、激昂した兵士に釈明を求められると、何が起こったか知らなかったと言い張った。シュナイダーも酔っ払って大隊のオートバイにはねられて負傷している。
ヴァイスは特に裁かれることもなく1964年の夏に死んだとされている。

シュナイダーはこの虐殺の後フランスのリヨンで警察任務に就き、SS大尉として終戦をむかえ米軍の捕虜になった。終戦後も警察官を続けたが引退。ビジネスマンとして昇進していたが1963年に、教会焼却ならびに700人の虐殺の件で逮捕。67年に独房で自殺した。

第309警察大隊の隊員たちの多くは狂信的なSS隊員、SD・ゲシュタポなどではなく、多くは低中産階級の出身の人々で、徴兵を逃れるために秩序警察(Ordnungspolizei=オルポ)の任務に就いたやや前線勤務には年をとりすぎた人々であり、平均年齢は36.5歳である。大隊構成員中、153名は40歳を超えており、179名がナチ党員であったとされている。4名だけがSSに所属していた。

彼らは独ソ戦が始まる前、ほんの数週間のみの訓練で制服を与えられて、無法地帯の東部戦線に送られ、無防備なユダヤ人に襲いかかったのである。

彼らはどこにでもいる普通のドイツ人(Ordinary German)であった・・。

※「ヒトラーの親衛隊」ではピーポ・シュナイダーという名前になっているが、正しくはHeinrich Adam Martin Schneiderであると思われる。


普通の人びと―ホロコーストと第101警察予備大隊
ヒトラーの親衛隊

http://members.iinet.net.au/~gduncan/massacres_east.html
http://www.lebensgeschichten.net/index2.asp?RefID=189&typ=P

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