”レスラー” 惨めで痛々しい男の誇り

シェアする

08年アメリカ映画。ダーレン・アロノフスキー監督作品。この監督はとにかく人をとことん追い込む職人である。職人というかここまで来てしまうともはや趣味なのだな、と思うしかない。

※2012年ごろ書いた記事です


デビュー作の「π」から、最新作(2012年現在)の「ブラックスワン」まであらゆるタイプの人々が極限状態に追い込まれ、死んじゃったり廃人になっちゃったりする姿ばかり偏執的に描いてきた。その作風は作品を重ねるごとに巧みになっていくかのようである。その人々が滅びていくサマは退廃美に満ちていて毎回うっとりしてしまう。大好きな監督である。

この際だからそのアロノフスキーの流儀のことを「滅びの美学」と呼ぶことにするが、それは極貧ドイツ軍や日本軍のヤケクソの玉砕を愛するおれとしてはこれも同様の愛情を注がないではいられないのである。

今回はタイトル通りプロレスラーのおじちゃんがひどい目にあっている。というかもはやおじいちゃんというべきではないのか、と思えるほど老境のベテランレスラーだ。実力は本物でカルトな人気を博している。しかし心臓病で医者からこれ以上のファイトはやめなはれ、とストップがかかってしまった・・おれの人生にはプロレスしかなかった・・そしてそれはこれからもだ・・!という男のロマン爆発な内容だ(笑)。美学に殉ずる姿はいつでも美しい。しかし一般的な感性から申せば、その姿は美しいというよりは「みじめ」と表現すべきだろう。とにかくみじめである。悲しい。悲しく痛々しくみじめだがその姿こそが美しい。

プロレス以外のことは何一つ満足にできない。金もまともに稼げないからお惣菜屋さんで似合いもしないアルバイトをしてどうにか食っていくしかない。その違和感に満ちたバイト中の風景は涙なしにみれない(笑)。

父親稼業も例外でなく娘には嫌われ逃げられている。たまには父親らしいこと(プレゼント)をして仲直りしたいのだが、流行りの服なんて全くわからないからなじみのダンサーに服選びを手伝ってもらったりする。それでどうにかご機嫌をとったがすぐまた怒らせてしまう。なじみのダンサーも口説きそこなうし、女の機嫌を取るのも破滅的にヘタクソ。

結局うまくできるのはプロレスだけ。本人もそれを嫌というほど知っている。プロレスやるなと医者に言われたものの、積み上げてきたプライドは崩壊寸前。男としては死んだも同然だ。このままではいけない・・もう一度やるんだ!

娘には中指突き立てられ女にも逃げられバイトもヤケクソで辞めて何かが吹っ切れるオヤジ。もうやるっきゃねえ・・死んでも構わねえ・・とリングに上がるオヤジ。ファンが待っていてくれる。声援を送ってくれる。対戦相手もオヤジに敬意を持って接してくれる。これが本当のおれの姿なんだ!

泣ける。みじめな気分にもなる。悲しくなってくる。男にしかわからない、みじめな男が誇りに殉ずる映画である。もう一度リングに上がると吹っ切れた親父のところにわけわかんねえ理由で逃げた女が戻ってくる(男にとっては女が逃げる理由なんていつもわけわかんねえものだが)。しかし目もくれず会場へ急ぐオヤジの姿は、タクシードライバーのラストシーンを思い起こさせる。男の自己満をギュッと凝縮した名シーンだ。女なんかより誇りが重要なんだよ!

プロレスシーンは半端ない本気度で痛すぎる。かなりハードなデスマッチでこんな世界も現実には存在しているのだ。そりゃ心臓もどうかなるわ。等身大の男の生きざまに興味がある人は是非観てみてください。いい映画ですよ。全てを失った時、ナイフを振り回すかもう一度戦うのか、それはキミ次第なのだよ。

the_wrestler_03[1]
ズタボロだがプロのレスラー

the-wrestler[1]
大事なのは誇りなんだよぉ!

↑↑
なにか一言メッセージでも残して行ってください