ブラックメタルを聴きやがれ!!③

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第2章 ブラックメタルを哲学しよう

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サタニズムっておかしくないか?ブラックメタル・アーティストたちは既存のお利口な価値観(キリスト教)に対する反抗心や、悪や深淵の魅力に魅せられてまずはサタニズムからはじめる。キリストの最大の敵とされるサタン崇拝、悪魔賛美の哲学、これらをつきつめていくのだが、ちょっと真面目にやり始めるとみんな気がつくのである。悪魔崇拝っておかしくねえか?と。
何がおかしいのだろうか。
そもそも悪魔ってなんだ。悪魔って概念がそもそもキリスト教が存在しているからこそ生まれる概念だ。悪魔の存在を認めることはキリスト教の存在を認めることになる。これは反キリストの哲学と矛盾するんではないか。

これはものすごくたくさんのブラックメタルバンドが最初にぶち当たる壁であるという。
サタンはかっこいいし、そういう悪いイメージはブラックメタルに必要だが・・本気になってしまうと何かおかしい。このことについてヴァーグ・ヴァイカーネスはブラックメタルにおけるサタニズムは単なるイメージ(=かっこつけ)だと述べている。そして自分は元より北欧神話、アサトゥールの神々、特にオーディンを崇拝している。彼のバンドBURZUMはオーディンのためだけに存在していると。 

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獄中のヴァイカーネス


このように悪魔崇拝が・・キリストが存在しない世界では、異教崇拝に切り替わるところは興味深い。本当にキリスト教がなくなったと考えたら、キリスト教が悪魔と排斥した神々こそが崇拝の対象となる。自然信仰や多神教の復興運動が個人個人の胸のうちで始まるのである。無思慮に悪魔と呼ぶことによって、異教の神々を排斥していることになるのである。ある研究者はサタニズムをキリスト教の過激な一派の一つとまで述べている。

この奇妙な矛盾にいち早く気付いたヴァイカーネスは初期のイメージだけ・・かっこつけだのサタニズムを改め、北欧神話の復興を掲げてその思想を変化させている。加えてヴァイカーネスは幼いころに父親の仕事の関係でイラクに滞在し、地元の小学校にも入学したが、その際白人としての特権を存分に味わったとされる。また、両親共に人種差別主義者で父親は黒人に嫌な顔をし、母親も同様であった。そのような家庭で育った彼が欧州におけるスキンヘッズ(俗にネオナチのことをこう呼ぶ)の仲間入りをするのは奇妙なことではない。またドイツ軍に強い憧れを覚え、ドイツ軍の武器を集めて戦争ごっこをしていたと言う。17歳の、最初のバンド活動をはじめるころまで・・彼は既にネオナチ思想に目覚めていた。彼は当時の自分を振り返ってこう話す。(ネオナチになった)もちろん一番の理由は武器だよ。ナチ親衛隊のヘルメットにシュマイサーにモーゼル銃、そういう色んな武器さ。イギリス人やアメリカ人を撃つ時使われた奴。最高!おれたちアメリカやイギリスの奴らが大嫌いだったからな。・・中略・・例えば戦争漫画を読むだろ、いつだってアメリカ兵やイギリス兵がドイツ兵を撃ち殺す話ばかりだ。イギリス兵一人でドイツの軍隊一つなぎ倒すとかさ。くだらねえ、嘘に決まってるじゃないか。おれ達はそんなの気に入らなかった。おれたちが好きなのはドイツだったんだよ。ドイツ軍のほうがいい武器を持ってて見た目もかっこよかったし、規律も取れていた。ヴァイキングみたいだ。・・」以下略

このインタビューを読んで長年のドイツ軍ファンである管理者などはもう号泣するしかないわけだが、武器とか制服とか、サブカルやかっこつけから危険思想にのめりこむといういい例ではないだろうか?もうおれ3×歳だけど気をつけますよ。今からでも。

こういうわけでサタニストになる前から既にネオナチだったというヴァイカーネスのどうしようもない感じが強烈なインパクトを放っているが、上記のように彼は獄中で本格的に異教崇拝もはじめ、自らの擬似政治団体「ヒーザンフロント」を設立。インターネットと獄中での執筆活動を核に活動している。

ヴァイカーネスに言わせれば、キリスト教によって1000年の長きに渡り自らの国の文化、宗教、価値観を否定され続けたノルウェー人は、今こそノルウェーのために立ち上がるべきであるというのである。これは現代においてキリスト教が中世のような異教弾圧を行わず、権威として弱い時代であるからこそ起こったもののように思える。巨大な権力支配が終わりを告げ、それまで抑え付けられてきた様々な思想が主張し始める。これはソ連崩壊後のユーラシア大陸にも似たようなことが言えるだろう。こう考えるとキリスト教は信者こそ多いものの、ノルウェーのように形骸と化していると見ることもできるだろう。

このことについて、ノルウェーのブラックメタルバンド「ウルヴェル」はこう述べている。
「おれはキリスト教を攻撃する気はサラサラない。どのみち自滅していくと思うよ。教会に放火した奴らが夢にも思わなかったくらいの速さで。」

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ウルヴェル。現在はブラックメタルはやっていない。

さて、ネオナチ、サタニズム、多神教信仰と来たけれど、これらの思想がクロスオーバーするのは無理もない。サタニズムの反キリストは抑え付けられてきた文化の固有性を蘇らせ、蘇った自国文化に対する過剰な偏愛は過激なナショナリズムを呼び起こす。生来相性の良い思想なのであろう。

キリスト教は弱者救済の思想であり、自己犠牲の精神を持ち、弱いことを尊ぶ宗教だ。右の頬を殴られたら左の頬も差し出しなさい、なんて言うぐらいだし、迫害する敵を愛しなさい。敵のために祈りなさい、反撃や暴力は野蛮です、神はお喜びになりません・・キリスト教にはこのような弱者が弱者であることを恥じる必要がないような、思考の仕掛けが数々施されている。弱者は弱者同士群れて助け合ってればいいのよ、と。サタニズムはこれを真っ向から否定する。すなわち強さと賢さ、真の自由を信望する。そして孤独であることも重視する。実際、ヴァイカーネスのバンド「BURZUM」をはじめとして、多くのブラックメタルバンドは全パートを独りでやっていることも珍しくない。

ここで19世紀のドイツに(またドイツか・・)、サタニストも真っ青の異端の哲学者が現れたことを書いておかなければならない。
ニーチェである。

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フリードリヒ・ニーチェ

彼は自らの著作で「神は死んだ」「キリスト教は弱者のルサンチマン(妬み)である」と唱えた。

これはサタンも真っ青である。彼の哲学は簡単に言えば、「負け惜しみ言ってないで、欲しいものがあったらそれを手に入れるために努力しろよ」ということなのだ。こう考えるとこういう風に言う団塊世代のクソ親父がたくさんいるような気もしてくる(笑)。

だが僕たちはついこう言わないだろうか。
お金なんていいよ、普通に暮らせれば」とか
地位?名誉?出世?そんな俗なものに興味ないよ(笑)」とか
お金持ちはいいね。でもお金なんてありすぎるとろくなことがないよ」とか
応用問題では「愛にお金は関係ないよ~」などと言いつつ貧乏人とは絶対付き合わない現代女性など(笑)。

ついこういう風に言ってしまうのだ。でもお金が手に入る人生と、手に入らない人生、どちらか一つを選べといわれたら僕らは確実に手に入る人生を選ぶだろう。本音を言えば絶対金も地位も権力も欲しい。これら「力」を欲しいと願うのは人間本来のものである。でも僕らはつい別にあんなものいらないと強がってみせる。本当は欲しくてたまらないのに・・。

そんな負け惜しみをニーチェはルサンチマンと呼んだ。これらルサンチマンは人生全体を損なう。もっと欲望に素直に、努力しなさい。強くあろうとがんばりなさい。ニーチェはそう言ったに過ぎない。強いことは素晴らしいことだ。力を持つこと、持とうと追い求めることこそ生き甲斐になりうる、と。

ニーチェは100年以上も前に神の死んだ世界が訪れ、「末人」と呼ばれる人類が現れると予言した。末人は何も目指さない人々のことである。ただダラダラと健康と普通に暮らすことだけ求め、何も野望も持たず努力もしない。安穏とした温室でぬくぬくと暮らす。それだけの存在。正に現代日本人にあてはまる。特に上を目指す気もなくテレビとかゲームとか安価な娯楽に興じるだけの堕落した人々。正に我々である。

上記のニーチェ哲学はしばしばサタニズムと結び付けられる。弱者を忌み嫌い力を追い求め上へ上へと目指す思想。またナチズムの支配欲、侵略戦争肯定に利用された経緯もある。ニーチェ哲学、ニヒリズムもサタニズム、国家社会主義、ペイガニズムと相性の良い思想として、ブラックメタル・シーンでは重要視されているのも無理からぬことだ。

ただ、ブラックメタルのアーティストは有名になることや金儲けに走ることを嫌う。
わけわかんねえ!
結局ただのこじつけである気がしないでもない。
ブラックメタル=ニヒリズムとは安易に考えない方が良さそうである。

強さを希求する哲学なのに何故地位や金を嫌うのかはわかっていない。ただ、彼らが金儲けやピーアールを嫌い、アンダーグラウンドに固執するのは業界では間違いない真実である。

ところで、サタニズムは最初の取っ掛かりであって、だんだんペイガニズムに移行すると書いたが、それは必ずしも全てのバンドに言えることではない。

例えば「エンペラー」のイーサンは著明な悪魔主義者アントン・ラヴェイに影響を受け、自己鍛錬としてのサタニズムを受け入れ、生粋の悪魔主義者として有名である。ヴァイカーネスのように政治テロや革命思想を持つわけではなく、教会放火には明確に反対している。だが彼は自分がより高みに昇って行くための思想的足がかりとしてサタニズムを手放す気はないようである。
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EMPEROR。左端がIHSAN。

また他にも新興のブラックメタルバンドたちの中には依然サタニズムを標榜するバンドは無数に存在しており、その中には音楽的に優れているとしかいいようのない気を放つバンドも多数活躍している。

一方、イギリスの「クレイドルオブフィルス」などのように、もはやブラックメタルというくくりでは説明がつかないほど、商業的に成功しているバンドも存在しており、有名になればなるほどブラックメタルらしさは失われ、思想的にもマイルドになる傾向がある。クレイドルオブフィルスはブラックメタル・シーンでは裏切り者と酷評されることがあるが、音楽的にはとてもかっこいいバンドだ。

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CRADLE OF FILTHのダニ・フィルス。最近はゴシックっぽいメロデスをしている。

ブラックメタルは北欧だけでなくもはや世界中にシーンが広がっており、今後も各国ごとに哲学が深まっていくことが予想される。今後も目が離せない。

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序章

ブラックメタルってなんだ?

第1章

ノルウェーブラックメタルシーンの興亡

第2章

ブラックメタルを哲学しよう

第3章

ブラックメタルと国家社会主義

第4章

お勧めブラックメタル 初級~上級

第5章

ブラックメタル的サブカルチャー

終章

ブラックメタルとはなんだったか

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