ポーランド・ドイツ旅行記② 2日目

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深夜ようやく眠りにつきましたが、自分にしてはよく眠れた方です。6時間ほど寝たと思います。さあ、昨日の疲れも取れぬうちから観光する余裕があるのか疑問でしたがそうも言ってられません。ワルシャワに滞在するのは明日の早朝まで。観光できるのは今日だけなのです。

ビュッフェで朝飯です。ポーランドは基本言葉は通じません。ホテルの人は英語が使えますけど、おれが別に英語が得意ということでもないので(笑)。

朝飯はなかなか豪勢ですね。特にスクランブルエッグが生来よりの好物でして、山盛り食いました。後はハムやトマト、パンと言った感じです。パンはかさついてて乾燥しててまずかったです。後はおおむね美味だったですよ。珍しかったのはヨーグルトとサラダを混ぜたペースト状の物体(笑)。味はプレーンヨーグルトそのままでした。まあまずくはないです。

九時からガイドを雇っています。この人にポーランドの常識とか色々聞こうと思っていたので、特に必要ないかなとも思っていたのですが雇いました。

これは正解でしたね。この人が本当いろいろ世話焼いてくれましたし、短い時間で効率よく行きたいところにも行けました。まあ無愛想でしたけど(笑)。日本人の礼儀ただしさの感覚を捨てなければ欧州では傷つくと思います。基本向こうの人は”ぞんざい”で”無愛想”です。基本アジア人が嫌いなのかもしれません(笑)。

最初訪れたのは”無名戦士の墓”です。ワルシャワ蜂起をはじめとしたポーランドの歴史上の戦争、そこで命を落とした無名の兵士たちの犠牲を弔う場所です。シンプルな祭壇のようなところで兵士二人が直立不動で立っていました。一時間ほどで交代するそうで、その儀仗兵交代の様子も観光のハイライトになるようですが、今回は時間がなく見ることはできませんでした。

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”ノルマンディー”とありますね。

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次に訪れたのは、”ワルシャワ蜂起記念碑”です。まあ記念碑がどーんと立っているだけで見所は少ないですが(笑)、その横にある教会、これが戦争で失われた命を弔うために作られたものだそうで、ワルシャワにはこういう慰霊の施設がいたるところにあります。
何と言ってもオーバーグルッペンフューラー(SS大将)、バッハ・ツェレウスキーが率いるパルチザン討伐軍団にワルシャワは完全に徹底的に破壊され、街のほとんどは復元されたにすぎないからです。何とも悲惨な歴史です。ドイツ人は頭がおかしいんですよ多分。

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ワルシャワ蜂起記念碑。手前の兵隊がマンホールから出てきているのがわかりますね。ワルシャワ民兵は地下水道にこもって戦っていました。

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花がたむけられています。

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このマークはポーランド国民軍を意味します。

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カチンの森虐殺事件の慰霊碑。

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膨大な数の犠牲者の名が刻まれています。

次に訪れたのは今回ワルシャワで最大の目玉と思っていた”軍事博物館”です。これは面白い展示でした。広いしね。中世から近現代までのポーランドの戦争で使われた兵器や軍服、装備品が展示されています。徽章や勲章も網羅されています。かなりマニアックです。これは軍事おたくの方には面白い展示だと思います。

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FFに出てきそうな剣。

面白いのはポーランド騎兵が背中に文字通り翼をつけて戦ってたことです。翼?何の意味が?指揮官クラスだけでなく戦闘員もつけていました。ガイドが語るには翼が風を切る音が戦馬を怖がらせ、より速く走るようにできるのだそうで…実際の効果のほどは知る由もありませんが、ポーランドは翼を広げたワシの紋章が国の紋章となっています。大戦中も亡命政府が空挺部隊を編成してノルマンディーで戦っています。そういう翼や空を連想させるものにポーランドはうるさかったようですね。今でもポーランドを象徴するマークに翼を広げた何か…というのはよく使われています。

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この軍事博物館でわかったのは、ポーランドの歴史はロシアやドイツ、オスマントルコなどの強大な侵略国家から国を守るための不屈の防衛戦争の歴史だと言うことです。ポーランドは大国に蹂躙されまくってしょっちゅう国境線の位置が変わっていたそうですが、隣国と手を結んだり、決して諦めず戦い続けた結果今でも独立を保っているのです。この悲壮な歴史には心の底から敬意を評したい。よくドイツやロシアに飲み込まれずに独立を保っているなあ…素直に感嘆しました。

さて、と言いつつ私はドイツ軍ファンなので(笑)、ポーランドの兵器にはあまり興味ありません(笑)。ハイライトは大戦中のポーランドレジスタンスの装備の展示ですが、ほぼドイツ軍の装備を鹵獲したものですね。軍服も機関銃も。ドイツ軍の軍服を来てポーランド国民軍の象徴である”PW”の腕章を付けていたみたいです。まあこれはワルシャワ蜂起などの歴史を知っていれば誰でも知っているでしょう。

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ポーランドレジスタンスの服装例。《武装親衛隊》の春季迷彩スモックをかぶっていますが、ヘルメットは《ルフトバッフェ(ドイツ空軍)》のものです。

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MG42機関銃です。思ったよりずっと銃身が短くコンパクトですね。映画では普通の発射音に差し替えられることが多いですが、実際の発射音は電気ノコギリのようだったそうです。”ヒトラーチェーンソー”とあだ名がついたのは有名です。1分間に1500発の発射が可能だったといいます。(実際は空冷式なので不可能だったでしょう。)

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無人遠隔戦車ゴリアート。ワルシャワ蜂起の際にドイツ軍によって使用された新兵器ですが、フランス軍の設計だそうです。

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出ました。元祖ザクマシンガンです(嘘)。

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MG34機関銃です。

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《ヴェアマハト(ドイツ国防軍)》兵士の一般的な軍装です。衿が簡略化されており43年以降に生産された軍服だと思います。

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ソビエト連邦の《エヌカーヴェーデー(NKVD=内務人民委員部)》の軍装です。

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パンツァーファースト。本物です。末期ドイツの(ほぼ)特攻兵器。

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ルガーP08。

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カチンの森の犠牲者の遺品が展示されていました。これは家族の写真。

濃厚な展示を楽しんだ後は、野外でアントノフ26という旧ソ連製の輸送機に乗せてもらいました。ポーランド軍人風の女性が乗っており、彼女が色々説明してくれました。まあやる気なさげに(笑)。ふと、制帽が何気なく置いてあったのでそれに興味を示した私を見てこの女性、凄まじい勢いでこの制帽の歴史を語り始めました(笑)。いつ息継ぎしてるの?ん?と聞きたくなるほど早口でまくし立てて来ます。こんなに制帽にうるさいとはびっくりです。ガイドが言うには彼女の夫がポーランド空軍の現役軍人だそうで。制帽のデザインも旧ソ連の歴史と密接に関連していたようです。

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アントノフ26の内部

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なんだか制帽にうるさい人がいました(笑)。

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コックピットです。計器類がたくさんありますね。わけがわかりません。。

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ポーランドの国産戦車だそうです。74式戦車を連想させる小さな戦車でした。自走砲のように見えますが。。

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さあ、軍事博物館はこれで終わり。その後買い物をしにワルシャワ中央駅に隣接するショッピングモールに行きました。なにしろアウシュビッツ博物館にも行くので防寒武装をせねばなりません。革の手袋と防寒帽を購入。あと財布と小銭いれも買いました。全部高級ブランド風の店で買った革製品です。フェイクレザーじゃないぜ!全部本革です。これだけかって2万円程度。安いなあ。日本だと3.4倍はするのではないでしょうか?ポーランドは物価が日本に比べ相当安かったです。水なんて50円程度でどこでも買えます。

さて、この日は昨日の疲れもあったので適当に昼飯を食って、ホテルに帰って寝ました。非常に深く三時間ほど寝ました。夜も普通に寝ましたが、夜中に目が覚めました。時差ボケは以降も私を苦しめることになります。しかし総じてこの旅行中はよく寝てましたね。眠る時間が少しおかしかっただけです。何と言っても8時間もの時差があるのですから!

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適当な昼飯。ケバブですね。のせてるパンがダイヤのクソのように固くて食えたもんじゃなかったです。でもうまかったよ。

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