残酷戦場写真館 26

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1988年3月16日、イラク北部のクルド人自治区(=クルディスタン)の街ハラブジャがイラク軍のアリ・ハッサン将軍率いる化学戦部隊に化学攻撃を受け、住民5000人が殺された。これは無差別の虐殺で子供や女も多数犠牲となっている。

アリ・ハッサン将軍はこの時の”功績”により、欧米社会からは”ケミカルアリー”の異名で呼ばれることとなる。反乱鎮圧の際、アリー・マジドはこう言ったという。「全員焼き尽くしたと報告できるまで帰ってくるな、焼き尽くすまで帰ってくるんじゃない。」使用された化学兵器はマスタードガスやVXガス、サリンやタブンなど複数に及ぶと考えられている。

10000人以上の負傷者には皮膚のタダれというわかりやすい後遺症が残り、数年間は妊婦の出産に悪い影響がもたらされた。

このイラク軍による蛮行は、有史以来無実の市民に向けられた最も大規模な化学攻撃とされている。折り重なる死体の山、色の変わった爛れた皮膚、母親と共に殺された稚児たち。全て写真に残されている。目を背けずに見つめて欲しい。

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参考
http://www.asyura2.com/13/warb11/msg/569.html

http://en.m.wikipedia.org/wiki/Halabja_chemical_attack

http://kurdishobserver.blogspot.jp/2012/03/in-memory-of-halabja-chemical-attack.html?m=1