残酷戦場写真館 19

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もともとポルトガル領だった東ティモールだが、1975年に独立を果たすとすぐにインドネシア軍の侵攻を受けた。東ティモールは27番目の州としてインドネシアに併合される。

人口100万にも満たない現地民は結束してインドネシア軍と戦ったが、アメリカに武器支援を受けたインドネシア軍では相手が悪すぎた。22年間で人口の3分の1とも4分の1とも言われる犠牲者を出したのである。それはほとんど武器を持たぬ民に対するテロであった。インドネシア政府はティモール人を絶滅させようとしていたのではないか?そう思えるほど虐殺は過酷で、容赦無く行われた。

民兵を用いた婦女子に対する組織的な集団レ×プ、発癌性の高い強制避妊薬の注射、人工的に飢餓や疫病に追い込むという民族抹殺作戦はほとんど世界に伝えられることはなかった。目と鼻の先で行われた虐殺に対しオーストラリア政府も何も言わなかった。東ティモールには石油が出る。オーストラリアは人道よりも実利をとったのである。

写真は1999年東ティモールの首都ディリで撮られた一枚。後ろ手に縛られた男がバイクで引きずられている。男には首がないように見える。目を疑うような残虐性だ。バイクを運転しているのはインドネシアの国家警察とみられている。なんとポリスメンがこんなお仕事をしているのである。恐怖という以外にない。

下の写真は同じく1999年のディリの路上で撮られた写真である。
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インドネシア兵に追い回された挙句、結局射殺されてしまった。どう見ても武器を持っていないし、どう見ても子供である。

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この写真の詳細はわからないが1999年のディリで撮られた写真。

東ティモールのジェノサイドは写真が豊富で、とても全部のせきれない。また次の機会に紹介したいと思う。恐ろしい世界だ。
参考
http://tannerashton1.edublogs.org

http://www.gendercide.org/case_timor.html

http://adamjones.freeservers.com/timor1.htm

http://democracynow.jp/video/20080128-2