残酷戦場写真館 ⑧

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これはまた恐ろしい写真だ。白黒だけどやけに鮮明でうまく撮れている。女性の恐怖の泣き声が耳元まで聞こえてくるかのようだ。捕まったら殺される、、リアル鬼ごっこといったところか。追いかけてるガキの楽しそうなことといったらない。

1941年にウクライナのリヴィウの街で行われたポグロムである。

ポグロム=民衆によるユダヤ虐殺

ウクライナは長年ボリシェヴィキの恐怖政治をたらふく味あわされており、わけわかんない理由で皆家族を撃たれ吊るされカザフやシベリアに送り込まれて二度と帰ってこなかった。

そんなウクライナで、解放軍がやってきた。ヒトラーの命令で国境をこえたドイツ国防軍である。人々は花束を持って解放軍を迎え、花束を斧やマサカリに持ちかえてユダヤ人を追い回した。

ドイツはボリシェヴィキ=ユダヤ人であるとの政治宣伝を長年じっくり丁寧に世界中に発信していた。もうこの時代、ボリシェヴィズムをユダヤ人と同一視しないでいられる人間はほとんどいなかった。知的水準の低い人間ほどナチの単純なプロパガンダにひっかかった。で、結果が上の写真である。

勝ち馬に乗ったウクライナ国民は、長年の怨敵ボリシェヴィズムに対して凄惨な報復を開始したのだ。

いまやユダヤの女や子供は報復対象であると同時に、暴力欲、支配欲、性欲を合法的に満たす最高の対象となった。愚民にはすぎたオモチャである。

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念のため言っておくと、このポグロムをこうなるように仕向けたのはナチの親衛隊諜報機関SDの特殊部隊≪アインザッツグルッペン(移動抹殺隊)≫の秘密工作の結果である。裏でドイツ人が操っていた。

ロシア人にやられまくってかわいそうである。
ドイツ人に操られてかわいそうである。

だがウクライナ人の罪がそれで消えるわけではない。

参考
リンク先には更に残酷な写真が山とある。まだ食い足りない方はどうぞ。オススメはしないが。
http://filipspagnoli.wordpress.com/tag/pogrom/

http://gordi-zionelder.blogspot.jp/2010/10/lviv-petlura-days-27-29-vii-41.html?m=1